小児病棟 (小説)
『小児病棟』は、作家・江川晴が1980年に発表した日本の小説です。著者が看護師として実際に小児病棟で勤務した経験を色濃く反映しており、医療現場の厳しい現実や、そこで働く看護師たちの内面的な葛藤が、リアリティをもって描かれています。特に、両目や四肢に重度の欠損を持つ子ども「タロウ」との交流を通じて、命や人間性の根源が問い直される作品として、大きな反響を呼びました。
本作は、読売新聞社が主催し、カネボウが協賛した「女性ヒューマン・ドキュメンタリー」の第1回優秀賞受賞作品です。これは、当時のカネボウが進めた「レディ '80宣言」に呼応し、女性に創作と社会的発言の場を提供することを目的に設立された文学賞でした。看護師不足によるストライキなどを経験し、看護師の仕事に対する思いを世間に訴える他の方法を模索していた江川晴は、この作品募集を知り、応募に至りました。作品は、結婚前の3年間と、育児を経て復職した後の小児病棟での勤務経験を元にしています。著者は「子どもを育てなかったら小児病棟は勤まらなかったし、作品も書けなかった」と語っており、自身の育児経験が作品に深く影響を与えています。制作にあたっては、患者のプライバシーに最大限配慮し、モデルとなった子どもやその家族の了承を得た上で、一部の人物設定を変更するなどの工夫がなされました。
物語は、大学附属病院で働く新米看護師、香山モモ子が小児病棟へ配属されるところから始まります。子ども好きで、小児病棟に夢を抱いていたモモ子でしたが、そこは理想とはかけ離れた現実がありました。様々な事情から扱いにくい子どもたち、医師とのコミュニケーションが困難な聴覚障害のある子どもたちなど、医療従事者を困惑させる状況に直面し、当初は失望を感じます。しかし、モモ子は子どもたちに献身的に向き合い、次第に心を通わせていきます。
そんな中、モモ子は特別病室の担当を任されます。そこにいたのは「タロウ」と呼ばれる、両目や四肢に重度の欠損を持つ子どもでした。病院側は彼の存在を母親に死産と偽り、まるで実験動物であるかのように扱っていました。タロウの姿に衝撃を受けながらも、モモ子は彼に深い愛情を注ぎ始め、病院の方針に疑問と葛藤を抱きます。病院側は「あれは人間ではない」と言い放つ一方、モモ子は「彼は人間だ」と主張し続けます。モモ子の必死な呼びかけにタロウがわずかに笑顔を見せた瞬間、彼にも心があることが証明され、医師たちを驚かせます。
夏の終わりに、タロウは容態が悪化し、短い生涯を閉じます。病院主導で葬儀が執り行われ、多くの人々に見送られます。タロウの父は、息子が人間として扱われて最期を迎えられたことに感謝し、病院を後にするのでした。
小説版『小児病棟』は、そのリアリティとテーマの深さから高い評価を受けました。選考委員からは「このような世界があるのかと驚いた」「医学界における問題を鋭く指摘した大作」といった声が聞かれ、記録文学としての側面が読者の心を打つ点が評価されました。一方で、「主人公が理想化されすぎている」「創作性が強い」といった意見もありました。しかし、処女作としての未熟さを超える力強さや、タロウとの関わりを通じて「看護とは何か」「人間とは何か」、さらに「なぜ生まれてきたのか」「命とは何か」といった根源的な問いを読者に投げかける感動が多くの共感を呼びました。単行本は読売新聞社から刊行され、1982年6月までに30万部を超えるベストセラーとなりました。
小説は発表直後、早くもテレビドラマ化が実現しました。カネボウの単独提供番組「カネボウヒューマンスペシャル」の第1作として、1980年12月3日に日本テレビ系列で放映されました。脚本は早坂暁が担当し、医療問題そのものよりも、主人公の看護師と患者の子どもたちの交流に焦点が当てられました。主人公は山崎初子と名前が変更され、私生活の描写が加えられるなど、ドラマ独自の脚色が施されました。
主演には、初の看護師役に挑んだ桃井かおりが起用されました。彼女の持ち前の繊細で自然な演技が、主人公の複雑な内面を見事に表現しました。タロウ役には、当時人気だった人形と本物の幼児の映像が合成され、人形には痛々しい加工が施されましたが、撮影が進むにつれてスタッフや桃井かおり自身が深い愛情を注ぐようになりました。
ドラマは事前の懸念を覆し、驚異的な反響と視聴率を記録しました。放送中から日本テレビには再放送を求める電話が殺到し、その数は200件近くに達しました。視聴者からは、障害者本人やその家族からの共感、感動の声が多く寄せられ、「自殺を思いとどまった」といった切実な反響もありました。ビデオリサーチ調べで34.7%、ニールセンで32.3%という、当時の単発ドラマとしては空前の高視聴率を獲得しました。こうした反響を受け、翌年には再放送が複数回行われ、教育現場での教材としても使用されました。
放送評論家は、看護師のリアルな葛藤描写や、主人公が職業人を超えて人間としての優しさを示した点を高く評価しました。本作は、その後の難病を扱った作品やドラマの先駆けとも言われています。一方で、登場人物描写の浅さやセットの不均衡など、批判的な意見も一部には存在しました。
小説、そしてテレビドラマとして大きな社会的影響を与えた『小児病棟』は、生と死、人間としての尊厳、そして医療従事者の献身といった普遍的なテーマを扱い、多くの人々に深い感動と問いかけをもたらしました。
制作背景と発表
本作は、読売新聞社が主催し、カネボウが協賛した「女性ヒューマン・ドキュメンタリー」の第1回優秀賞受賞作品です。これは、当時のカネボウが進めた「レディ '80宣言」に呼応し、女性に創作と社会的発言の場を提供することを目的に設立された文学賞でした。看護師不足によるストライキなどを経験し、看護師の仕事に対する思いを世間に訴える他の方法を模索していた江川晴は、この作品募集を知り、応募に至りました。作品は、結婚前の3年間と、育児を経て復職した後の小児病棟での勤務経験を元にしています。著者は「子どもを育てなかったら小児病棟は勤まらなかったし、作品も書けなかった」と語っており、自身の育児経験が作品に深く影響を与えています。制作にあたっては、患者のプライバシーに最大限配慮し、モデルとなった子どもやその家族の了承を得た上で、一部の人物設定を変更するなどの工夫がなされました。
あらすじ
物語は、大学附属病院で働く新米看護師、香山モモ子が小児病棟へ配属されるところから始まります。子ども好きで、小児病棟に夢を抱いていたモモ子でしたが、そこは理想とはかけ離れた現実がありました。様々な事情から扱いにくい子どもたち、医師とのコミュニケーションが困難な聴覚障害のある子どもたちなど、医療従事者を困惑させる状況に直面し、当初は失望を感じます。しかし、モモ子は子どもたちに献身的に向き合い、次第に心を通わせていきます。
そんな中、モモ子は特別病室の担当を任されます。そこにいたのは「タロウ」と呼ばれる、両目や四肢に重度の欠損を持つ子どもでした。病院側は彼の存在を母親に死産と偽り、まるで実験動物であるかのように扱っていました。タロウの姿に衝撃を受けながらも、モモ子は彼に深い愛情を注ぎ始め、病院の方針に疑問と葛藤を抱きます。病院側は「あれは人間ではない」と言い放つ一方、モモ子は「彼は人間だ」と主張し続けます。モモ子の必死な呼びかけにタロウがわずかに笑顔を見せた瞬間、彼にも心があることが証明され、医師たちを驚かせます。
夏の終わりに、タロウは容態が悪化し、短い生涯を閉じます。病院主導で葬儀が執り行われ、多くの人々に見送られます。タロウの父は、息子が人間として扱われて最期を迎えられたことに感謝し、病院を後にするのでした。
小説の評価と反響
小説版『小児病棟』は、そのリアリティとテーマの深さから高い評価を受けました。選考委員からは「このような世界があるのかと驚いた」「医学界における問題を鋭く指摘した大作」といった声が聞かれ、記録文学としての側面が読者の心を打つ点が評価されました。一方で、「主人公が理想化されすぎている」「創作性が強い」といった意見もありました。しかし、処女作としての未熟さを超える力強さや、タロウとの関わりを通じて「看護とは何か」「人間とは何か」、さらに「なぜ生まれてきたのか」「命とは何か」といった根源的な問いを読者に投げかける感動が多くの共感を呼びました。単行本は読売新聞社から刊行され、1982年6月までに30万部を超えるベストセラーとなりました。
テレビドラマ化
小説は発表直後、早くもテレビドラマ化が実現しました。カネボウの単独提供番組「カネボウヒューマンスペシャル」の第1作として、1980年12月3日に日本テレビ系列で放映されました。脚本は早坂暁が担当し、医療問題そのものよりも、主人公の看護師と患者の子どもたちの交流に焦点が当てられました。主人公は山崎初子と名前が変更され、私生活の描写が加えられるなど、ドラマ独自の脚色が施されました。
主演には、初の看護師役に挑んだ桃井かおりが起用されました。彼女の持ち前の繊細で自然な演技が、主人公の複雑な内面を見事に表現しました。タロウ役には、当時人気だった人形と本物の幼児の映像が合成され、人形には痛々しい加工が施されましたが、撮影が進むにつれてスタッフや桃井かおり自身が深い愛情を注ぐようになりました。
ドラマは事前の懸念を覆し、驚異的な反響と視聴率を記録しました。放送中から日本テレビには再放送を求める電話が殺到し、その数は200件近くに達しました。視聴者からは、障害者本人やその家族からの共感、感動の声が多く寄せられ、「自殺を思いとどまった」といった切実な反響もありました。ビデオリサーチ調べで34.7%、ニールセンで32.3%という、当時の単発ドラマとしては空前の高視聴率を獲得しました。こうした反響を受け、翌年には再放送が複数回行われ、教育現場での教材としても使用されました。
放送評論家は、看護師のリアルな葛藤描写や、主人公が職業人を超えて人間としての優しさを示した点を高く評価しました。本作は、その後の難病を扱った作品やドラマの先駆けとも言われています。一方で、登場人物描写の浅さやセットの不均衡など、批判的な意見も一部には存在しました。
小説、そしてテレビドラマとして大きな社会的影響を与えた『小児病棟』は、生と死、人間としての尊厳、そして医療従事者の献身といった普遍的なテーマを扱い、多くの人々に深い感動と問いかけをもたらしました。
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