小淵の渡し

小淵の渡し

小淵の渡しは、かつて尾張国北部（現在の愛知県丹羽郡扶桑町周辺）と、木曽川を挟んで対岸にある美濃国（現在の岐阜県各務原市前渡東町周辺）を結んでいた重要な渡船場でした。この渡しは地域の交通網の要として機能し、長い歴史を有しています。現在、その跡地は愛知県扶桑町の指定文化財として、往時の記憶を留めています。

歴史的背景

尾張国と美濃国を大きく隔てていたのは、他ならぬ大河・木曽川でした。橋が少なかった時代、この川を渡るためには渡し舟が不可欠であり、多くの渡船場が設けられました。小淵の渡しは、古くから木曽川に存在した主要な九つの渡船場の一つである「九瀬の渡し」の中でも、「大豆途の渡し」にその起源を持つと考えられています。その歴史は非常に古く、鎌倉時代に起きた承久の乱（1221年）に関する歴史書『吾妻鏡』には、官軍が尾張川（木曽川）沿岸に布陣し、賊軍と「大井戸、摩豆戸」などで戦った記述が見られます。「摩豆戸」が大豆途の渡しを指す可能性も指摘されており、この地域が古くから交通や軍事の要衝であったことが伺えます。

江戸時代には、「山名の渡し」として知られていました。当時の地誌である『尾張名所図絵』には、「北山那から美濃の国前途村に至る」と記されており、尾張側の山名村小淵（現在の扶桑町山名）と美濃側の前渡村小山（現在の岐阜県各務原市前渡東町）を結んでいたことが明確に示されています。この渡し場は、単に両岸を結ぶだけでなく、尾張側の北山那や南山名を経て、斎藤、柏森、そして大口町の余野を通り、最終的には小牧へと通じる重要な街道の一部を形成していました。特に柏森の地では、当時主要な交通路であった旧柳街道（岩倉街道）とも交差しており、広範な地域を結ぶ交通結節点としての役割も担っていました。

近代の変遷と終焉

橋がほとんどなかった時代において、小淵の渡しは尾張と美濃間の人や物の流れを支える生命線でした。人馬の往来が盛んになるにつれて、渡し場の重要性は増していきました。

明治時代に入ってもその機能は維持されました。明治14年（1881年）に作成された『美濃国各務原近傍実測図』には、渡し場としてしっかりと描かれています。さらに近代化の波は渡し舟にも及び、明治44年（1911年）3月には、より安全で効率的な岡田式渡船装置の使用が許可されました。明治末期から大正時代にかけては、渡船場の賑わいはピークを迎え、堤防上には利用客向けの茶店が軒を連ねるほどだったといいます。

しかし、時代の流れは交通手段に大きな変化をもたらしました。鉄道網が発達し、木曽川に新たな橋が次々と架けられるにつれて、渡し舟の必要性は次第に薄れていきました。そして、大正時代の末期、小淵の渡しはその歴史的な役目を終え、閉鎖されました。その後、宮田用水路の敷設工事が行われた際に、渡し場の具体的な跡形は完全に失われてしまいました。

現在、かつて渡し場があった場所には、木曽川の堤防から川岸へと続くわずかな「下り道」が残るのみです。傍らに立てられた高札が、この地にかつて賑やかな渡し場が存在し、多くの人々の往来を見守っていた歴史を静かに物語っています。

小淵の渡し跡は、失われた地域の交通史や人々の暮らしを今に伝える貴重な遺構として、昭和49年（1974年）8月に扶桑町の文化財に指定されました。かつての活気ある風景は失われてしまいましたが、その歴史的な意義はこれからも語り継がれていくでしょう。

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