小牟田哲彦

鉄道史家・文筆家 小牟田哲彦

1975年に東京都に生まれた小牟田哲彦氏は、日本の鉄道史家として知られています。早稲田大学法学部を卒業後、筑波大学大学院ビジネス科学研究科企業科学専攻の博士後期課程において単位を取得して退学しました。その研究の中心は、日本および東アジアにおける近現代の交通史、特に鉄道に焦点を当てています。単なる学術研究にとどまらず、鉄道に関する文芸活動も積極的に展開しており、幅広い層に向けてその魅力を伝えています。

小牟田氏の活動の大きな特徴は、その圧倒的なまでの鉄道乗車経験にあります。1995年には、日本国内のJR線約2万キロメートルにおよぶ全線を走破する偉業を達成しました。この国内での広範な旅に加え、活動の場は世界へと広がっています。これまでに70カ国を超える国々で鉄道に乗り、その総乗車距離は8万キロメートルを上回るといわれています。これらの国内外での膨大かつ多岐にわたる乗車経験は、単なる趣味の範疇を超え、氏の研究活動や文筆活動の揺るぎない土台となっています。現場で肌で感じた空気や歴史、文化に対する深い洞察が、著作の随所に息づいています。

その豊富な知識と経験に裏打ちされた研究成果は、高く評価されています。特に、2016年には『大日本帝国の海外鉄道』によって第41回交通図書賞の奨励賞を受賞しました。これは、近代日本が海外に敷設・運営した鉄道網という、これまで十分に光が当てられてこなかった分野に深く切り込んだ研究が高く評価されたものです。この受賞は、鉄道史家としての氏の地位を確固たるものとしました。

文筆家としても精力的に活動しており、これまでに多くの著作を世に送り出しています。初期には、南北分断下の朝鮮半島における鉄道旅を描いた『鉄馬は走りたい 南北朝鮮分断鉄道に乗る』や、アジア各地の鉄道にまつわる興味深い話題を集めた『アジアの鉄道の謎と不思議』などを発表しています。また、昭和時代の鉄道風景を偲ばせる『今でも乗れる昭和の鉄道』や、夜行列車への深い愛情が感じられる『去りゆく星空の夜行列車』など、郷愁を誘う作品も手掛けています。海外の鉄道を主題としたものとしては、『全アジア航路を行く』、『世界の鉄道紀行』、『列車で越える世界の緊迫国境』といった紀行作品や、歴史的視点から海外鉄道を論じた前述の『大日本帝国の海外鉄道』があります。

歴史研究者としての側面も強く、『鉄道と国家 「我田引鉄」の近現代史』では、鉄道建設が国家や政治といかに深く結びついていたかを鋭く分析しています。さらに、『旅行ガイドブックから読み解く明治・大正・昭和日本人のアジア観光』では、観光という視点から当時の社会や人々の意識に迫っています。近年の著作としては、紀行文学の大家である宮脇俊三氏の作品世界を読み解いた『宮脇俊三の紀行文学を読む』や、ユーラシア大陸横断の旅を綴った『アジアの停車場 ウラジオストクからイスタンブールへ』、現代日本の社会政策と鉄道の関係を論じた『「日本列島改造論」と鉄道』、異文化交流に触れた『アジアの一期一会 通りすがりの異文化交流』、そして近年注目が集まる廃線跡を巡る『日本鉄道廃線史：消えた鉄路の跡を行く』などがあり、その著作テーマは非常に多岐にわたっています。これらの著作を通じて、鉄道の技術史や経営史だけでなく、社会、文化、人々の営みとの関わりを包括的に描いています。

また、専門家としての知識を活かし、『旧日本領の鉄道100年の軌跡 韓国 北朝鮮 台湾 樺太』といった書籍の監修も行っています。

小牟田哲彦氏は、自身の足で稼いだ膨大な経験と、歴史研究者としての確かな知見を融合させ、鉄道という切り口から近代社会や文化、そして旅の魅力を探求し続けています。その活動は、日本の鉄道史研究に新たな視点をもたらし、同時に多くの読者に鉄道の奥深い世界を伝えています。

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