小笠原諸礼忠孝

歌舞伎演目『小笠原諸礼忠孝』

『小笠原諸礼忠孝』（おがさわら しょれいの おくのて）は、江戸時代後期に小倉藩で発生したとされる「小笠原騒動」を基にした「小笠原騒動物」と称される歌舞伎演目の一つです。『小笠原流礼忠孝』と表記されることもあります。明治14年（1881年）に大阪の道頓堀戎座で初演されました。本作は、講談師であった勝能進とその息子諺蔵によって、当時の講談をもとに歌舞伎へと翻案されたもので、澤瀉屋の芸を受け継ぐ役者によってしばしば上演される「猿之助十八番」の一つに数えられています。

あらすじ

物語は、執権である犬神兵部（いぬがみ ひょうぶ）が自身の血を引く子を身籠ったお大の方（おだいのかた）を、主君である小笠原豊前守（おがさわら ぶぜんのかみ）の側室として差し出すという、権力者の陰謀から始まります。ある日、豊前守が白狐を狩ろうとした際、家臣の小笠原隼人（おがさわら はやと）がこれを諌めたことで、隼人は閉門を命じられてしまいます。兵部はさらに隼人を亡き者にしようと刺客を差し向けますが、奴菊平（やっこ きくへい）という男に救われます。この菊平こそ、実は隼人が狩りの際に救った白狐の化身でした。

小笠原家の行く末を案じた隼人は、もう一人の要人である小笠原遠江守（おがさわら とおとうみのかみ）に窮状を訴える密書を託そうと、お早（おはや）という女性にその届け役を依頼します。しかし、お早は道中、兵部に加担する岡田良助（おかだ りょうすけ）によって無残にも暗殺され、密書は良助の手に渡ってしまいます。ところが、凄まじい念を残したお早の怨霊が良助の家族を次々と襲い、彼の肉親は瞬く間に命を落としていきます。家族を失い、自らの行いを悔い改めた良助は、兵部の屋敷から不正を記した連判状を盗み出し、遠江守への直訴を決意します。その矢先、水車小屋で出会ったのは、妻お早の仇討ちを誓う飛脚の小平次（こへいじ）でした。壮絶な大立ち回りの末、深手を負った良助は小平次に連判状を託し、息を引き取ります。

一方、窮地の隼人は再び白狐の霊力によって助け出され、難を逃れます。やがて連判状が遠江守のもとへ届けられ、兵部の悪事が露呈します。兵部に組していたお大の方は自刃し、兵部もなおも抵抗しますが、白狐の霊力には敵わず悪事は潰えます。そして、小平次が遠江守に直訴を終えた、まさにその瞬間、物語は意外な結末を示唆するかのような一発の銃声が響き渡り、幕となります。

見どころ

この演目の見どころの一つは、三幕目で描かれる岡田良助一家の悲劇です。お早の怨霊によって家族を次々と失った良助は、生き残った妻のおかをはじめとする家族が、彼の将来の足枷にならぬよう自ら命を絶つという悲壮な場面に直面します。そして、良助自身もまた、まだ幼い乳飲み子に手をかけるという、観る者の胸を締め付ける凄惨な場面が展開され、一家滅亡の悲劇が強烈な印象を残します。

四幕目のクライマックスを飾るのは、改心した良助と妻の仇討ちを誓う小平次との、水車小屋での迫力ある大立ち回りです。この場面では、舞台に実際に水車が組まれ、19℃程度に保たれた水が使用されます。役者が回転する水車に捕らえられてぐるぐる回る豪快な演出や、建物の屋根から勢いよく水の中へ滑り降りるアクロバティックな動きが見られます。特に屋根から滑り降りる演出は、平成11年（1999年）に京都南座で行われた澤瀉屋による復活上演の際に新たに加えられた趣向であり、見継がれるごとに進化する歌舞伎の面白さを感じさせる一幕となっています。

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