山本老事件

山本老事件（やまもとろうじけん）

1928年（昭和3年）に広島県で発生した、尊属殺人として扱われた事件です。ある男性が養母を殺害した容疑で逮捕され無期懲役の判決を受けましたが、仮出獄後も生涯にわたり無罪を訴え続け、没後も遺族が再審請求を続けたものの、最終的に退けられました。

事件発生とその後の捜査

事件は1928年11月24日、広島県比婆郡下高野山村（現在の庄原市高野町）で起こりました。農業を営む主婦（当時56歳）が、飯櫃に頭から倒れ込んだ状態で息絶えているのが発見されました。当初、被害者の主治医は脳溢血による偶発的な事故死と診断しましたが、後に嘱託を受けた警察医は、首に残された痕跡を右手で絞められたことによる扼殺と結論づけました。これを受け、警察は被害者宅の家督を相続していた養子の男性（当時29歳）を尊属殺人の疑いで身柄を拘束しました。当時の捜査においては、被疑者に対し二日二晩にわたる過酷な取り調べが行われた上、内容が白紙の供述調書に署名や捺印が強要されたと伝えられています。

裁判と刑の確定

逮捕された男性は起訴され、裁判が進められました。1930年、広島地方裁判所および広島控訴院のいずれにおいても、男性には無期懲役の判決が下されました。この判決に対し、男性は大審院（現在の最高裁判所に相当）に上告しましたが、1931年に棄却され、無期懲役刑が確定し、服役することとなりました。

服役後の生活と恩赦

男性は岡山刑務所に収監され、模範囚として刑務所内で過ごしました。そして、太平洋戦争終結から間もない1945年11月12日、仮出獄が認められました。さらに、サンフランシスコ講和条約が締結された後の1952年には、条約に基づく恩赦の対象となり、刑が減軽されて公民権を回復しました。

長期にわたる再審請求の取り組み

出獄から37年が経過した1983年9月9日、当時84歳となっていた男性は、養母の死因は病気の発作によるものであり、自分は無実であると改めて主張し、広島高等裁判所に再審請求を申し立てました。しかし、この最初の再審請求は1987年5月1日に却下されました。男性はこれを不服として最高裁判所に特別抗告しましたが、これも1990年10月19日に退けられました。男性は諦めることなく、1992年4月に再び広島高裁に第二次再審請求を行いましたが、その二年後の1994年、95歳でこの世を去りました。男性の死後、再審請求は遺族によって引き継がれましたが、この請求も2003年に最高裁判所で最終的に却下されました。

弁護側の主張と事件の背景

男性の弁護団は、事件後に独自の再鑑定を実施しました。その結果、警察医が扼殺の証拠とした首の痕跡は、被害者が着ていた着物が巻きついて生じた可能性があり、主治医が当初診断したような病気に伴う事故死の可能性が高いと指摘しました。また、弁護側は、犯行時刻以降に被害者宅を訪れた複数の証人（5人）の尋問申請がいずれも裁判で認められなかったことや、自白調書が実際には白紙の書類に署名させて作成されたものであると主張し、捜査および裁判手続きの不透明性を訴えました。しかし、本事件に関する当時の捜査記録や裁判資料の多くは、広島への原爆投下による戦災で焼失してしまったため、これらの主張の真偽を客観的に立証することが極めて困難な状況にあることも、長期にわたり真相解明が進まなかった一因とされています。

山本老事件は、捜査段階での取り調べのあり方や自白調書の信用性、そして長期にわたる再審請求の過程で、改めて日本の刑事司法のあり方や冤罪の可能性について問いを投げかけた事例の一つと言えます。後に同じ弁護団が冤罪を晴らすことになった八海事件と並んで語られることもあります。

参考文献等

「明治・大正・昭和・平成　事件・犯罪大辞典」、東京法経学院出版、2002年
正延哲士『昭和三年の法医鑑定―再審・山本久雄老事件の焦点』、木馬書館、1985年
* 関連項目：八海事件

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