岐阜和傘

岐阜和傘（ぎふわがさ）

岐阜和傘は、岐阜県岐阜市、特に加納地区で古くから受け継がれる伝統的な和傘です。この地域では、製作途中の傘を広げて乾燥させる独特の風景が見られます。その歴史と品質が認められ、1992年（平成4年）には岐阜県郷土工芸品に、2015年（平成27年）には日本遺産「『信長公のおもてなし』が息づく戦国城下町・岐阜」の構成文化財に選ばれました。さらに2022年（令和4年）には、国の伝統的工芸品にも指定されています。

歴史

岐阜和傘の始まりは江戸時代初期に遡ります。1639年（寛永16年）、加納藩の藩主となった松平丹波守光重が、かつての領地である明石藩（現在の兵庫県）から傘作りの職人を招いたことが、その誕生の契機とされています。江戸時代中期にあたる宝暦年間（1756年 - 1762年）、永井伊賀守直陳が加納藩主だった時代には、度重なる水害や石高の減少による厳しい財政状況を立て直すため、下級武士の内職として和傘の骨作りが推奨されました。同時に、藩の特産品として問屋を通じて江戸をはじめとする各地へ大量に出荷する体制が整えられ、藩の財政を支える重要な産業へと発展しました。

明治時代以降も、岐阜は全国の和傘生産量のかなりの割合（2割から4割）を占める主要産地であり続けました。最盛期は1950年（昭和25年）頃で、年間1200万本から1600万本という膨大な数が生産されたと言われています。しかし、その直後から洋傘の普及が急速に進み、和傘の需要は激減しました。現在では、日常的な雨具としての需要はほとんどなくなり、歌舞伎や日本舞踊、祭りなど、伝統芸能や各種イベントで使用されるものが主流となっています。また、和傘の骨や轆轤（ろくろ）といった主要な部品を供給できる国内唯一の産地であり、完成品だけでなく、他の産地へ部品を供給する役割も担っています。

需要の減少や職人の高齢化、原材料の不足など、生産を取り巻く環境は依然として厳しい状況ですが、近年では若手の職人たちが伝統技術を受け継ぎつつ、現代の感覚に合った新しいデザインの和傘を生み出し、注目を集める動きも見られます。

原料と作り方

岐阜和傘の製作は、非常に専門的な職人による細かな分業体制によって支えられています。大きな工程だけでも10、細分化すれば100近くにも及ぶと言われています。主な工程は以下の通りです。

骨作り: 岐阜和傘の骨には、耐久性の高い真竹が用いられます。竹を細かく割る際、完成時に再び元の竹のように美しく整うよう、斜めに印をつけるなどの工夫が施されます。傘を開いた際に上部にくる親骨と、柄と親骨を支える小骨があり、それぞれに穴を開け、木綿糸で繋ぎ合わせます。
柄と轆耤の取り付け: 柄は木や竹などが使われます。傘を開閉する際に重要な役割を果たす轆轤（ろくろ）は、主にエゴノキ（ちしゃ）を原料とします。柄の上部と下部に二つの轆轤が取り付けられ、スリットや横穴に糸を通して骨と連結させます。傘を開いた状態を固定するため、ハジキと呼ばれるストッパーが付けられます。
紙張り: かつては主に、丈夫な楮（こうぞ）から作られる美濃和紙の一種、森下紙（現在の山県市産）などが用いられましたが、和紙全体の需要減少に伴い産地も衰退したため、現在は国内各地の和紙産地から仕入れを行っています。骨を等間隔に揃えるための軒紙を貼り付けた後、扇形にカットされた紙を順番に骨に沿ってのり付けしていきます。
仕上げ: 紙張り後、傘をたたむ作業、雨水を弾くための油引き、耐久性を高める漆塗り、装飾としての飾糸や籐巻き、傘の頂部を保護する頭紙の取り付け、そして最終的な製品検査など、多岐にわたる仕上げ工程が行われます。

和傘の種類

岐阜和傘には様々な種類があります。

野点傘: 野外で行われる茶会などで使用される、大型で赤い布張りの傘です。
番傘: 主に男性が使う、丈夫で実用的な和傘です。
蛇の目傘: 傘を開いた際に中央部が蛇の目のように見えることからこの名がつきました。現在、岐阜市加納地区は国内で唯一の蛇の目傘の産地として知られています。
舞踏傘: 日本舞踊などの踊りで使われる、華やかな模様や色彩が特徴の傘です。

これらの伝統的な傘に加え、近年では新たな試みも行われています。例えば、2019年には映画『メリー・ポピンズ リターンズ』主演女優へのプレゼントとして、日本の桜をイメージした贅沢な「桜和傘」が制作され、SNSなどで話題となりました。また、伝統芸能だけでなく、地域の伝統行事や特別な儀式のために特注の和傘が製作されることもあります。

その他

現在、国内で和傘生産が続けられている他の多くの産地では、岐阜からの部品供給に頼らざるを得ない状況にあり、岐阜和傘産地が日本の和傘文化全体を支える重要な役割を担っています。

また、過去には珍しい和傘も製作されています。1963年（昭和38年）には、アメリカの企業からの発注により、直径5.7メートルという巨大な和傘が作られました。製作当時は日本一の大きさでしたが、後に他の産地の和傘に記録を抜かれています。この巨大和傘は修繕を経て、現在、岐阜市歴史博物館に展示されています。

岐阜和傘は単なる雨具としての役割を超え、歴史や文化、そして職人の高度な技術が凝縮された芸術品として、今もなお多くの人々を魅了し続けています。

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