峠隧道用水

峠隧道用水の詳細

峠隧道用水は、新潟県妙高市樽本地区に位置する灌漑用水路です。この用水路は、総延長5,700mにも及び、そのうち135mは隧道（トンネル）となっています。水源は斑尾川で、この水を利用して、かつて水不足に悩んでいた地域一帯の農業を大きく発展させることになりました。

構築の背景

樽本地区は標高700m前後の険しい山中に位置し、古くから開かれた集落ですが、農業用水の確保が困難でした。そのため、水田開発は遅れ、多くの人々は炭焼きや畑作で生計を立てていました。地区には川が流れていましたが、農業用水には不向きで、主に湧水や溜池の水を利用していました。しかし、これらの水源は天候に左右されやすく、干ばつの際には深刻な影響を受けていました。

木賀三四郎の決意

明治19年、木賀三四郎は、この状況を打開するために、斑尾川から灌漑用水を引く計画を立てました。彼は、当時建設中だった碓氷トンネル工事からヒントを得て、私財を投じてこの難事業に着手しました。

難航した工事

明治20年1月に着工した工事は、硬い岩盤に阻まれ、難航しました。石工や坑夫が次々と逃げ出し、一時中断を余儀なくされました。明治21年には、木賀三四郎が豊葦村の村長に就任し、同年12月に工事を再開しました。この時、工事関係者との間で「峠呑用水約定証」が作成されました。これは、賃金、土地、労役、用水使用に関する取り決めを定めたものでした。しかし、依然として硬い岩盤との闘いは続き、1日にわずか5cmしか進まない状況でした。坑夫の逃亡を防ぐために、未婚の坑夫には嫁の世話をするなど様々な工夫が凝らされましたが、再び工事は中断されました。

完成と水田開発

明治22年、三度目の正直で工事は再開され、ついに隧道が開通しました。隧道開通時には、1.8mもの段差がありましたが、左右のずれはなく、取り入れ側が高くなっているという奇跡的な状況でした。当時の測量技術では考えられないほどの精度でした。明治23年には幹線および支流路の工事が集落全体で進められ、明治26年5月、木賀三四郎が起工してから7年の歳月を経て、峠隧道用水はついに完成しました。

用水完成後の変化

用水計画当時、上樽本の水田は約15.4haでしたが、用水路の完成により、溜池灌漑から切り替えた3.5haに加え、7haの新規開田が行われました。20年後の大正元年には、水田面積は1haを上回り、その後も開発が進み、最盛期には約40haにまで拡張されました。これにより、水田耕作が困難だった山間地の農家が、水田耕作農家へと転身することが可能となりました。大正元年には、木賀三四郎の功績を称える石碑が建立されました。

その他の情報

工事費は約1000円（当時の金額）で、石碑が建っている道は、新潟県道97号飯山斑尾新井線です。石碑は、現在の道路工事の影響で、旧道の方向を向いたままとなっています。

峠隧道用水の完成は、山間地域における農業の可能性を大きく広げた、歴史的な出来事でした。

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