川口市民歌

埼玉県川口市によって制定された「川口市民歌」は、同市の公式な歌として市民に親しまれています。この歌は、著名な詩人・サトウハチローが作詞を、世界的作曲家・團伊玖磨が作曲を手がけました。

川口市には、現在の市民歌が誕生する以前にも市歌が存在しました。それは、市制十周年を間近に控えた1942年（昭和17年）3月13日に制定された、初代の「川口市歌」と市民歌「みやこ川口」です。しかし、太平洋戦争の最中に作られたこれらの初代市歌は、「皇国を担ふ 産業の」といった歌詞に見られるように、当時の戦時色が強く反映されていました。特に市民歌とされた「みやこ川口」は、大政翼賛会川口市支部が選定に関与していたこともあり、終戦後は公の場で演奏される機会がほとんどなくなりました。

初代市歌が演奏されなくなってから十七年が経過した1962年（昭和37年）、市は市制三十周年を迎えるにあたり、新たな市民歌の制定を計画しました。同年四月二十三日には、川口市役所内に「市歌制定委員会」が設置されます。委員会では、「市歌」という名称が持つ堅苦しさを避けたいという意見が出され、より市民に親しみやすいよう「市民歌」という表題にすることが決まりました。また、歌詞は広く市民からの懸賞募集ではなく、専門家に依頼すること、そして東芝音楽工業（現在のユニバーサルミュージック・EMI Records）にレコード制作を委託する方針も同時に決定されています。

作詞には、多くの名曲を手がけたサトウハチロー氏が当時の教育長によって推薦されました。一方、作曲には、オペラ「夕鶴」などで知られる團伊玖磨氏が、当時の大野元美市長の意向によって選ばれたと伝えられています。

一九八四年（昭和五九年）刊行の『川口市史 現代資料編』には、サトウ氏直筆とされる市民歌の原稿が掲載されています。当時の書簡からは、サトウ氏の最初の原稿にあった三番の歌詞「そぞろ歩きは 安行あたり」の部分が、市長の要望を受けて「みどりの小みち」へと変更された経緯が確認でき、制定における細やかな調整があったことが伺えます。楽曲は同年八月二十三日に完成し、十一月二十三日に初めて公の場で演奏されました。

歌詞には、制定当時の川口市の産業を象徴する風景が織り込まれています。一番の「キューポラかぞえて」は、かつて約六百あった溶銑炉が立ち並ぶ様子を歌ったものです。しかし、一九九〇年代初頭には、工場の廃業や電気溶解炉への転換などにより、その数は約二百五十にまで減少しました。また、三番に登場する「はた織る姿」も、かつて繊維産業で栄えた様子を描いており、紡績工場が市内からほぼ姿を消した現在の状況とは対照的な、過去の情景を描いています。

平成期の大合併において、川口市は隣接する鳩ヶ谷市を編入しました。この合併に際し、両市の合併協議会では市民歌の扱いを「川口市の制度に統一する」と決定。これにより、一九七七年（昭和五二年）に制定されていた「鳩ヶ谷市歌」は合併当日に失効・廃止され、川口市の市民歌に一本化されることとなりました。

近年では、二〇一八年（平成三〇年）十一月十日に川口市が中核市へ移行したことを記念し、JR東日本によって同年十一月一日から一ヶ月間限定で、市内の主要駅である川口駅、西川口駅、東川口駅の三駅において、発車メロディとして川口市民歌が採用されました。これは、多くの市民が日常的に利用する鉄道駅で市民歌に触れる機会を創出し、歌への関心を高める試みとなりました。

川口市民歌は、市の歴史や産業の移り変わり、そして市民の暮らしに寄り添いながら、現在も川口市のシンボルとして歌い継がれています。

もう一度検索