巻き返し (落語)

巻き返し

「巻き返し」は、昭和期に活躍した漫画家であり、同時に数多くの新作落語を手がけたことでも知られる長崎抜天によって創作された落語の一席です。

あらすじ

物語は、ある夫婦の日常における些細な出来事から幕を開けます。言い争いの勢い余って、大切にしていた自宅の時計を壊してしまった夫婦がいました。時を刻むものがなくなり、日々の生活に不便を感じ始めた妻は、夫に対し、何とかして代わりの時計を用意するよう求めます。妻からの強い要望を受けた夫は困り果てますが、あることを思い出します。それは、以前、金銭を貸したことのある隣家の男のことでした。夫は、この借金の返済が滞っている隣家を訪ね、借金の担保として、一時的に彼らの時計を預かってくることを思い立ちます。そして実行に移し、隣家から時計を持ち帰ることに成功しました。

これで一件落着かと思いきや、新たな問題が発生します。時計を抵当に入れた隣家の男は、自らの時計が気になるのか、あるいは時計がない生活に慣れていないのか、日に何度も夫婦の家を訪ねては「今、何時ですか？」と時間を尋ねてくるようになったのです。最初は律儀に応対していた夫婦も、あまりに頻繁に尋ねてくる隣人の訪問に次第に煩わしさを覚え、辟易するようになります。時間を聞かれるたびに、隣人の顔を見なければならない状況に、夫婦は新たな悩みの種を抱えることとなるのです。この滑稽でありながらもどこか切ない状況が、「巻き返し」という噺の核心をなしています。

作者と主な演者

本作品の作者である長崎抜天は、漫画家として名を馳せる一方で、多くの新作落語を生み出し、当時の落語界に新風を吹き込みました。彼がこの「巻き返し」を書き下ろしたのは、当時NHKラジオで放送されていた人気番組『とんち教室』で共演し、親交を深めていた当代きっての噺家、三代目桂三木助のためでした。

三代目桂三木助は、長崎抜天から提供されたこの「巻き返し」を気に入り、自身の持ちネタの一つとして高座で頻繁に演じるようになりました。三木助の巧みな話術によって、「巻き返し」は多くの聴衆を魅了し、彼の代表的なネタの一つとして広く認識されるようになります。三木助が高座でこの噺を演じることで、「巻き返し」は新作落語として確固たる地位を築いたと言えるでしょう。

しかし、不世出の名人であった三代目桂三木助が世を去った後、「巻き返し」は次の世代へと引き継がれます。三木助の没後、この噺を積極的に高座で演じるようになったのは、二代目三遊亭円歌でした。二代目円歌もまた、独自の解釈と表現で「巻き返し」を演じ、この噺の命脈を繋ぎました。円歌の高座によっても、「巻き返し」は多くの落語ファンに親しまれました。

現状

残念ながら、二代目三遊亭円歌が亡くなって以降、この「巻き返し」を自身の主要な持ちネタとして積極的に演じている落語家は、現在ではほとんど見られなくなりました。そのため、今日の高座で「巻き返し」を生で聴く機会は極めて稀であり、かつては人気を博した新作落語でありながら、現在では「幻のネタ」となりつつあるのが現状です。

幸いなことに、初演者である三代目桂三木助、そしてその後継者としてこの噺を演じた二代目三遊亭円歌による貴重な口演の録音は、SP盤やLPレコード、CDなどの記録媒体として現存しています。これらの録音を通じて、私たちは往年の名演に触れることができ、この素晴らしい新作落語の世界を垣間見ることが可能です。今後の落語界において、「巻き返し」が再び多くの噺家によって演じられ、復活を遂げることが期待されます。

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