市区改正

市区改正：日本の都市近代化を牽引した大改造プロジェクト

市区改正とは、明治時代から大正時代にかけて、日本の主要都市で実施された都市計画・都市改造事業の総称です。文明開化によってもたらされた新たな交通機関や生活様式に対応するため、江戸時代から引き継がれてきた都市構造を抜本的に見直し、近代的な都市へと変貌させることを目指しました。

市区改正の背景

明治維新後、都市部では馬車や鉄道などの新しい交通手段が登場しましたが、これらの交通機関に対応するため、都市構造を部分的に改変するにとどまっていました。しかし、上下水道、電気、市街電車などのインフラを整備し、都市を近代化するためには、より大規模な都市改造が必要不可欠でした。さらに、密集した市街地では火災が頻発しており、都市の不燃化も重要な課題となっていました。こうした状況から、都市改造の必要性が広く認識されるようになりました。

市区改正は、単なる都市の改修ではなく、「東京市区の営業、衛生、防火及び通運等永久の利便を図る」ことを目的とした総合的な都市計画でした。銀座煉瓦街の建設や官庁集中計画といった個別の事業とは異なり、都市全体を視野に入れたものであり、日本の都市計画史上、画期的な事業と位置づけられます。

東京における市区改正

東京市区改正審査会の設置

1884年（明治17年）、東京府知事であった芳川顕正の提言により、内務省に東京市区改正審査会が設置されました。審査会では、鉄道、築港、公園などを包括的に検討した計画案が作成されましたが、財政的な問題などから、計画は実施には至りませんでした。

東京市区改正条例による事業

1888年（明治21年）、内務省によって東京市区改正条例が公布され、東京市区改正委員会が発足しました。当初は建築物の規制なども検討されましたが、最終的には見送られました。翌年、委員会による計画案が公示され、事業が開始されました。しかし、財政難により事業の進捗は遅れていました。

都市化が急速に進むにつれて、事業の早期化が求められるようになり、1903年（明治36年）には計画が大幅に縮小されました。日露戦争後には、外債を導入して、日本橋大通りなどの整備が急速に進められました。1914年（大正3年）には、ほぼ新設計どおり事業が完了しました。

東京における市区改正では、主に路面電車の開通を目的とした道路拡幅、および上水道の整備が行われました。現在の日本橋も、この事業によって架け替えられています。神田、日本橋、京橋付近では、道路拡幅に伴い、従来の土蔵造の商家に混じって、木造漆喰塗りの洋風建築が建てられるようになり、当時の人々を魅了しました。これらの建物は、当時の建築家から「洋風に似て非なる建築」と評されました。

都市計画法の制定

社会構造の変化や大都市への人口集中が進むにつれて、都市や建築の統制が必要であるという認識が高まり、1919年（大正8年）には、市街地建築物法（現在の建築基準法）と合わせて都市計画法（旧法）が制定されました。都市計画法は、1920年1月1日に施行され、これに伴い市区改正条例は廃止されました。

東京以外の市区改正

市区改正は、東京以外の主要都市でも重要な課題となり、特に市街電車の開通に合わせて道路拡幅が行われた事例が多く見られました。内務省の市区改正条例は東京のみを対象としていましたが、明治末期から大正時代にかけて、都市計画への関心が高まり、1918年（大正7年）には、横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市といった五大都市に市区改正条例が準用されました。1920年に条例は廃止されましたが、それまでに認可を受けた設計は、都市計画法に基づく都市計画とみなされることになりました。

各都市の市区改正事例

大阪市: 1887年に市区改正案が作られましたが、実施には至りませんでした。その後、路面電車の開通に伴う道路拡幅が実施され、1918年にはメインストリートである御堂筋を含む路線計画が決定されました。
京都市: 明治末年から、道路拡築および市電敷設を含む京都市三大事業が実施されました。
名古屋市: 明治中期から路面電車の開通に合わせて道路拡幅が行われ、1913年には市区改正案が作成されました。
横浜市: 日露戦争後、横浜港の拡張計画に伴い、市区改正に向けた調査研究が行われましたが、実施には至りませんでした。1919年、横浜大火の直後に、罹災地区の道路拡幅が決定されました。
* 神戸市: 1914年に市区改正調査委員会が設置されました。

まとめ

市区改正は、日本の都市が近代化へと大きく舵を切った重要な転換点であり、その後の都市計画の基礎を築いた事業といえるでしょう。道路の拡幅やインフラ整備だけでなく、都市の安全性や美観にも配慮した市区改正は、今日の都市のあり方にも大きな影響を与えています。

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