市川三升

五代目 市川 三升（いちかわ さんしょう）

五代目市川三升（1880年 - 1956年）は、近代日本の歌舞伎界において特異な経歴を持つ役者です。彼の本名は堀越福三郎で、定紋は三升、替紋は杏葉牡丹。幼少期を日本橋の商家で過ごし、慶應義塾で学業に励んだ後、日本通商銀行に勤めていました。しかし、彼の人生は思わぬ方向へと舵を切ります。1901年、九代目市川團十郎の娘である実子と恋愛結婚し、歌舞伎界の関係者となったことで、彼は市川宗家に婿養子として迎えられました。

1903年、九代目市川團十郎が他界すると、後を継ぐ者が不在となり、歌舞伎界では大きな混乱が生じます。29歳の時、三升は歌舞伎役者になる決意を固め、一門の反対を押し切って役者としての修行を始めます。その後、初代中村鴈治郎に弟子入りし、林長平という名で活動を開始しました。

1910年には、鴈治郎の支援を受けて大阪中座でデビューし、名実ともに大歌舞伎の舞台に立ちました。そして、1917年には東京歌舞伎座にて五代目市川三升を襲名しました。彼は、この名跡に重い責任を感じつつも、当初はまだ「素人」とするには抵抗のある状態ではありました。さらに、彼の不器用な芸が観客から「銀行員！」というかけ声を引き起こすほどだったため、初期の頃は大成を遂げることは難しかったとされています。

とはいえ、三升は市川宗家の重みを理解し、九代目の死後、地味に絶えていた歌舞伎十八番の復興に力を尽くしました。特に『解脱』や『不破』、さらには『蛇柳』などの演目を次々と復活させ、市川宗家の威厳を保つため奔走します。彼の活動は、歌舞伎界への多大な貢献を示しています。

また、三升は単なる役者に留まらず、博識であり、多様な文化に関心を持つ知識人としても知られていました。彼は書画や骨董、俳句、音楽などにも秀でた才能を発揮し、歌舞伎界だけでなく、様々な文化人や政財界人との交流を深めていました。彼は文化面でも積極的に貢献し、江戸歌舞伎の伝統を引き継ぐために努めました。

私生活においては、実子との間には子供が生まれず、1939年には七代目松本幸四郎の長男を養子として迎え入れ、家系を存続させました。三升は、戦後の困難な時期にも彼の知識を活かし、江戸歌舞伎の連携を維持し続けました。

晩年は結核に悩まされ、1956年に死亡。享年75。死後は、養子の九代目海老蔵から「十代目市川團十郎」の称号を追贈されました。彼の墓は青山霊園にあり、今も多くの人々にその功績は語り継がれています。

名跡としての市川三升

「市川三升」という名跡は、二代目市川團十郎の俳名に由来しています。これまで多くの著名な役者たちが「三升」という名前を用いてきましたが、実際に名跡として襲名したのは五代目のみです。市川三升という名は、彼の活動を通じて改めて歌舞伎の名門としての地位を確立しました。彼の生涯は、歌舞伎界における貢献と革新の象徴とも言えるでしょう。

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