市川高麗蔵

市川高麗蔵：歌舞伎名跡の興亡と継承

市川高麗蔵は、歌舞伎界における由緒ある名跡です。高麗屋を屋号とし、代々受け継がれてきたその歴史は、華麗なる舞台と複雑な人間模様で彩られています。本稿では、初代から十一代目までの系譜を辿りながら、名跡「市川高麗蔵」の栄枯盛衰を紐解いていきます。

高麗蔵は、元々は高麗屋の門人が名乗る名跡でした。しかし、二代目高麗蔵が宗家を継ぎ、四代目松本幸四郎を襲名したことで、状況は一変します。松本幸四郎は、市川團十郎の後継ぎが絶えた際に養子入りして継承するという役割を担う名跡でもあったため、高麗蔵は、将来、幸四郎、あるいは團十郎となる可能性を秘めた、重要な名跡へと昇格したのです。その重みは、当時、團十郎を襲名する市川海老蔵とほぼ同等であったと言えるでしょう。

七代目團十郎は子宝に恵まれ、その次男と三男を高麗屋に送り込み、それぞれ六代目と七代目高麗蔵を襲名させました。特に七代目高麗蔵は、後に成田屋に戻り、七代目市川海老蔵を名乗るなど、その活躍は目覚ましく、名跡の隆盛に大きく貢献しました。さらに、七代目幸四郎の長男であった九代目高麗蔵は、市川宗家の養子となり、九代目海老蔵を経て、十一代目團十郎を襲名。高麗蔵から團十郎への道筋が確立されたかに見えました。

しかし、その後、状況は大きく変化します。高麗屋では市川染五郎が松本幸四郎を襲名する名跡として固定化され、高麗蔵は影を潜めることになります。一方、成田屋でも市川新之助が市川海老蔵を襲名する名跡として定着したため、高麗蔵の居場所がなくなっていったのです。その結果、十代目以降の高麗蔵は、本来の門人筋から離れ、九代目團十郎の門人であった三代目坂東秀調の次男、そして十一代目（当代）は八代目幸四郎の部屋子（実父は日本舞踊家、花柳泰輔）が襲名することになりました。

それぞれの高麗蔵は、それぞれの時代の歌舞伎界を彩り、重要な役割を担ってきました。六代目と七代目高麗蔵は共に「三代目市川新之助」を名乗っていますが、新之助の代数を数えるのは七代目高麗蔵の方です。

以下に、歴代市川高麗蔵の一覧を示します。

初代 市川高麗蔵: 二代目松本幸四郎の門人。生没年不詳。
二代目 市川高麗蔵: 京都出身。1737-1802。初代瀬川菊之丞の門人から看板役者にまで上り詰めました。瀬川錦次、市川武十郎、初代市川染五郎を経て、二代目高麗蔵、四代目松本幸四郎、男女川京十郎と襲名を変えています。
三代目 市川高麗蔵: 二代目の子。1764-1838。市川純蔵を経て、三代目高麗蔵、五代目松本幸四郎を襲名。
四代目 市川高麗蔵: 三代目の養子でしたが、後に離縁。1793-1837。実父は初代中山富三郎。後に七代目市川團十郎の門人となりました。市川三太郎、四代目高麗蔵、三代目市川新蔵、中山錦車、二代目中山富三郎、三代目市川壽美蔵と変遷しています。
五代目 市川高麗蔵: 三代目の実子。1811-1849。松本錦子、五代目高麗蔵、六代目松本幸四郎、松本錦升と襲名を変えています。
六代目 市川高麗蔵: 七代目市川團十郎の次男。生没年不詳。三代目市川新之助を経て六代目高麗蔵を襲名、役者廃業後は堀越重兵衛と名乗りました。
七代目 市川高麗蔵: 七代目市川團十郎の三男。1833-1874。三代目市川新之助、七代目高麗蔵、初代市川新升、市川白猿を経て七代目市川海老蔵を襲名。
八代目 市川高麗蔵: 舞踊の二代目藤間勘右衛門の養子。1870-1949。実父は伊勢四日市の武家。市川金太郎、四代目市川染五郎を経て、八代目高麗蔵、七代目松本幸四郎を襲名。
九代目 市川高麗蔵: 八代目の長男。1909-1965。初代松本金太郎、九代目高麗蔵、九代目市川海老蔵を経て、十一代目市川團十郎を襲名。
十代目 市川高麗蔵: 三代目坂東秀調の次男。1925-1980。初代坂東慶三を経て十代目高麗蔵を襲名。
* 十一代目 市川高麗蔵: 日本舞踊家、花柳泰輔の子。1957-。当代。八代目松本幸四郎（初代白鸚）の門人。市川百々丸、二代目市川新車を経て十一代目高麗蔵を襲名。

市川高麗蔵という名跡は、歌舞伎の歴史そのものを反映した、複雑でドラマチックな歴史を刻んできました。今後の更なる発展に期待が高まります。

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