平凡 (小説)

『平凡』は、明治40年（1907年）に『東京朝日新聞』で連載され、翌年に単行本として刊行された二葉亭四迷の長編小説です。『浮雲』『其面影』に続く三作目にあたる本作は、当時隆盛を極めていた自然主義文学へのアンチテーゼとも捉えられる作品であり、作者自身の半生を投影したと見られる内省的な物語となっています。

物語は、39歳の下級官吏である「私」が、自身の過去を回想する形で展開します。かつて文士として名を馳せた「私」は、今では平凡な日々を送っていますが、その心に去来する様々な感情や記憶を、淡々と、そして時に鋭く書き綴っていきます。

まず「私」は幼少期から回想を始めます。その頃、文壇で活躍する旧友が「私」を訪ねてきます。旧友は、文学論や文壇の噂話、そして「私」への執筆勧告など、軽薄な話題を振りますが、「私」はそれらに全く興味を示しません。「私」が心底聞きたかったのは、親から発せられた「体を大切に」という、当たり前の言葉だったのです。このエピソードから、「私」の心の奥底にある、何とも言えない虚しさや焦燥感が見て取れます。

その後、「私」は、幼少期の愛犬ポチとの思い出を鮮やかに描写します。このポチに関するエピソードは、しばしば教科書にも引用されるほど有名で、物語の中でも重要な役割を担っています。ポチとの別れ、そしてポチの死を綴る場面では、読者の心を深く揺さぶる切ない描写がなされています。

ポチの死後、「私」は一見高尚な言葉を並べ立てますが、それはすべて虚偽であり、人間の偽善性を痛烈に批判します。「人間は皆、犬殺しだ」という痛烈な言葉は、人間の心の闇を突きつけ、読者に深い衝撃を与えます。

その後、「私」は中学卒業後、法律の勉強をするために上京します。しかし、そこで「私」は文学に溺れ、汗水たらして働く人々を軽蔑するようになります。一時はヒット作を生み出し順風満帆な日々を送るものの、女性関係に溺れるうちに、父が病気で倒れます。急いで実家へ駆けつけたものの、到着時には既に手遅れで、父は息を引き取っていました。

父の死という、人生における大きな喪失体験は、「私」に大きな衝撃を与えます。この出来事をきっかけに、「私」はこれまでの自分の人生を深く省み、虚しさや後悔を感じ始めます。そして、目覚めた「私」は、母を連れて上京し、華やかな文壇の世界を去り、下級官吏として働く道を選びます。

『平凡』は、単なる自伝的小説ではありません。華やかな文壇の世界の裏側、人間の本性、そして人生の虚無感といった、普遍的なテーマを繊細に描いた作品です。自然主義文学全盛期における異質な存在でありながら、その独特の視点と、心に響く描写は、今もなお多くの読者を魅了し続けています。 「私」の平凡な人生を通して、読者は人生の意味や価値について深く考えさせられることでしょう。 愛犬ポチとのエピソード、そして父の死という強烈な体験は、読者の心に深く刻まれること間違いありません。

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