幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門

『幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門』（まぼろしにこころもそぞろくるおしのわれらまさかど）は、日本の劇作家・清水邦夫によって書かれた舞台作品（戯曲）です。

作品概要

物語の中心に描かれるのは、平将門その人であるにもかかわらず、頭部の傷が原因で、自分こそが将門を討ち取る使命を負った武者であると錯覚してしまった、狂気に囚われた将門です。そして、彼を取り巻くのは、この混迷した状況下にあって、将門が正気を取り戻すことに一縷の望みを託し、苦悩しながらも行動を共にするわずかな仲間たちです。彼らは、藤原勢の追討を受けながら落ち延びていく道中、理想を掲げながらも敗れ去る将門たちの姿に、1970年代初頭の激動する政治状況が終焉を迎えつつあった時代の空気や、変革を目指しながら挫折した人々の群像を重ね合わせています。本作は、将門一行の末路を通して、人間の狂気、希望、そして歴史の波に翻弄される人々の姿を深く掘り下げた群像劇となっています。

物語のあらすじ

物語は、藤原勢に追い詰められ、敗走を続ける平将門一行の姿から始まります。将門は、戦闘中に負った頭の傷がもとで精神に変調をきたし、自分が追われる身であることを完全に忘却し、逆に「将門を追討する武者」であると思い込んでいます。この奇妙な狂気が、一行の状況をさらに困難なものにします。

一行の参謀役である豊田郷ノ三郎は、将門がいつか正気を取り戻すことを願い、彼を支えつつ、崩壊寸前の一行を必死に統率しようと努めます。三郎の妹であるゆき女は、歩き巫女に変装して兄の前に現れ、状況をさらに複雑にします。一方、三郎の弟である豊田郷ノ五郎は、将門の影武者としての立場から脱却し、自らが新たな将門になろうという野心を密かに燃やしています。将門の恋人である桔梗の前は、五郎のその野心を煽り立て、物語に暗い影を落とします。

味方も少数となり、結束が乱れていく中で、藤原からの追っ手は刻一刻と迫ってきます。

主な登場人物

- 平小次郎将門
- 桔梗の前
- 豊田郷ノ三郎
- 豊田郷ノ五郎
- ゆき女
- 捨十
- 源左
- 右太
- 秩父坊
- 甲州坊
- 髭の武将
- はな女
- つね女

作品が生まれた背景と上演の歴史

本作は、清水邦夫が演出家の蜷川幸雄らと共に活動していた劇団「櫻社」が解体し、清水らが蜷川と決別した後に、新たな活動としての上演を期して執筆された作品です。1970年代前後の激動する社会情勢、特に全共闘運動などが収束に向かう時代の空気や、彼らが目指した演劇活動が頓挫したことへの清水の複雑な思いが色濃く反映されており、真山青果の同名作品に並び称される、現代における「平将門」を題材とした重要な戯曲の一つと位置づけられています。

戯曲としては、1975年（昭和50年）に新潮社から「書き下ろし新潮劇場」シリーズの一冊として刊行されました。

当初、本作は清水が石橋蓮司、山﨑努、松本典子、緑魔子らと結成した劇団「風屋敷」の旗揚げ公演として、清水自身の演出で上演される予定でした。しかし、公演初日をわずか10日後に控えた段階で同劇団が解散するという事態が発生し、上演は幻に終わりました。この出来事は、作品のテーマである「敗北」や「挫折」を現実の上演史においても体現するかのようでした。

結果として、本作の最初の舞台化（初演）は、翌1976年（昭和51年）に北海道旭川市を拠点とする劇団河によって実現しました。この時の演出も清水邦夫が手がけています。

その後、1978年（昭和53年）にはレクラム舎によっても上演されましたが、この公演は不慮の事故に見舞われ、当初予定されていた8日間の公演期間が4日間に短縮されてしまうという不運に見舞われました。

清水と蜷川幸雄は、1982年の『雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた』以降、再び共同で作品を発表するようになります。そして、2005年（平成17年）には、蜷川幸雄の演出によって本作が上演され、大きな注目を集めました。この2005年の公演は、DVD化もされており、現在でもその舞台を観ることができます。

本作の上演史における度重なる波乱は、作品の内容と相まって語られることも少なくありません。

（参考：井上理惠著『清水邦夫の華麗なる劇世界』）

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