幻影は市電に乗って旅をする

幻影は市電に乗って旅をする

『幻影は市電に乗って旅をする』（スペイン語原題：La ilusión viaja en tranvía）は、スペインの巨匠ルイス・ブニュエルがメキシコで活動していた時期に製作された、1954年公開のユニークなコメディ映画です。メキシコシティを舞台に、古き良き時代の路面電車を巡る騒動を描いており、ブニュエルの作品群の中では比較的穏やかでユーモラスなトーンが特徴とされています。

概要

物語の中心となるのは、メキシコシティの市電に勤める二人の男たちです。一人は運転士のファン・コディネス、もう一人は整備士のタラハス。長年、市民の足として活躍してきた路面電車と共に生きてきた彼らですが、時代の流れと共に自身の退職が目前に迫っていました。そして、彼らが愛着を持っていた一台の古い車両、133号もまた、彼らと時を同じくして現役を引退することが決まっていたのです。

あらすじ

退職を数日後に控えたある晩、コディネスとタラハスはささやかな送別会を開き、思い出話に花を咲かせます。酒の勢いも手伝ってか、彼らは大胆な思いつきを実行に移します。それは、既に車庫に留め置かれ、二度と本線に出ることはないはずだった退役車両133号を、無許可で動かすというものでした。まるで最後の別れを惜しむかのように、二人は静まり返った車庫から133号を連れ出します。

しかし、彼らの意図した「ちょっとした気晴らし」は、すぐに予期せぬ方向へ進み始めます。夜明け前の街を走り出した133号に、始発と勘違いした人々が次々と乗り込んできたのです。市場へ向かう人々、夜遊び帰りの男女、様々な事情を抱えた乗客たちを乗せたまま、電車は止まるに止まれなくなります。コディネスとタラハスは困惑しながらも、なし崩し的に運行を続けることになります。彼らが事態の深刻さに気づき、車庫へ戻ろうとした時には、電車は誤って既に廃止された古い線路へと迷い込んでしまっていました。荒廃した、忘れ去られた線路を進む133号は、もはや自力で元の場所へ戻ることが困難な状況に陥ってしまいます。こうして、彼らの無謀な冒険は、現実と非現実の間を彷徨うかのような、奇妙な旅へと変貌していくのです。

予期せぬ乗客たちとの交流、そして元の日常から切り離された空間での出来事が、コディネスとタラハスの退職後の人生や、人々の暮らしに対する彼らの視点に、何らかの変化をもたらすかもしれません。

キャスト

ファン・コティネス：カルロス・ナバーロ
タラハス：ドミンゴ・ソレル
* ルーペ：リリア・プラド

ブニュエル作品としては珍しい、心温まるようなユーモアと、どこかシュールな状況設定が融合した本作は、メキシコ時代のブニュエルの多様な側面を示す一例と言えるでしょう。失われゆくものへの郷愁と、それでも続いていく日常、そして人間のささやかな反抗や希望が、路面電車という舞台に乗せて描かれています。

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