幼稚産業保護論

幼稚産業保護論とは

幼稚産業保護論（ようちさんぎょうほごろん）は、保護貿易を正当化するための経済理論です。この理論によると、未成熟な産業が国際的な競争力を持つようになるまで、関税などの保護政策を通じて支援することが必要とされています。具体的には、短期的にはコストがかかるかもしれませんが、長期的にはその産業が成長し、国全体にとって利益をもたらす可能性があるとされます。

幼稚産業保護論の歴史的背景

この理論は、1790年にアメリカ合衆国の財務長官アレクサンダー・ハミルトンによって提唱されました。彼は『製造業に関する報告書』の中で、国内の産業を関税によって保護しなければ国の工業化は実現できないと述べました。その後、政治経済学者ダニエル・レイモンドがその考え方を整理し、フリードリッヒ・リストは彼の著書『政治経済学の国民的体系』でこの理論を紹介しました。

リストは、当時の大英帝国が自国の産業を保護していた一方で、他国に自由貿易を促す姿勢に対して批判的でした。彼は、成功を収めた国が他の国を阻害するために保護措置を設定することが容易であることを警告しました。

賛否の議論

幼稚産業保護論には賛成と反対の意見があります。支持者には、アメリカやイギリスなど多くの国が関税を利用して工業化を成し遂げたと信じる経済学者がいます。例えばハジュン・チャンは、現在の高所得国の多くが関税と補助金によって工業化を実現したと述べています。

一方、中立的および否定的な見解を持つ人々は、業界を保護するための貿易障壁が逆に国際的な報復関税を招く可能性があることや、実際に「幼稚産業」を特定するのが難しい点を指摘しています。また、政府の介入が誤った判断を引き起こすリスクもあります。

基準の提示

幼稚産業の保護を実施する際には、いくつかの基準が考えられます。代表的なものに「ミルの基準」と「バステーブルの基準」があります。ミルの基準は、保護が比較優位を確実にするものでなければならないとし、バステーブルの基準は費用対便益を考慮するものです。しかし、これらの基準を厳密に適用することは難易度が高いとされています。

「ケンプの基準」では、動的外部性が存在する場合に保護が正当化されるとされ、また「根岸の基準」においては保護による将来的な社会的利益が現在価値でプラスであれば、保護政策が認められると説明されています。

実際の事例

歴史的には、アメリカ合衆国の関税政策が1816年から1945年まで非常に高い水準を保ち、国を工業化に導いた成功例として挙げられます。カナダのナショナル・ポリシーは、移住と鉄道建設を通じて幼稚産業の発展に寄与しました。近年では、韓国や台湾が政府の補助金や高関税を利用して工業化を成功させました。

一方、失敗の例としては、1980年代のブラジルが自国のコンピュータ産業を保護しようとした試みが挙げられます。結果として技術格差が拡大し、質の低い製品が高値で販売される事態となりました。また、南米やオーストラリアでも市場規模の小ささから効果を上げられないケースが見られました。トルコでも保護政策が期待した成長をもたらさず、全体的な生産性の向上に寄与しなかったとされています。

このように幼稚産業保護論は、経済政策において重要なテーマであり、その運用には慎重な判断が求められます。

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