幽霊オーケストラ

幽霊オーケストラ

録音物やその媒体に団体名が記載されているにも関わらず、実際にその活動や存在が確認できないオーケストラは「幽霊オーケストラ」と呼ばれます。特に、マイナーなレコード会社が制作・販売する安価なCDでこうした事例が多く見られます。また、同時に記載されている指揮者についても実在性が確かめられないケースがあり、これらは「幽霊指揮者」と呼ばれています。

「幽霊オーケストラ」と類似概念

「幽霊オーケストラ」という言葉はいくつかのニュアンスを含みますが、特に注意が必要なのは狭義の定義と、混同されがちな他の概念との区別です。

狭義の幽霊オーケストラ: 最も典型的なケースとして、マイナーレーベルが実在するオーケストラの正規の録音を権利者に無断で複製し、全く架空の団体名や、あるいは実在する別の団体の名に偽ってCDなどで発売するものを指します。これは、正式な契約に基づかないため、真の演奏者に対する著作権侵害に該当します。後述する覆面オーケストラとは根本的に異なります。

覆面オーケストラ: こちらは、実在のオーケストラが、録音契約上の都合などによって本来とは異なる名称を用いて録音を行う場合です。また、特定の録音のために編成されたものの、その実体が明確でない団体を指すこともあります。しかし、覆面オーケストラによる録音は原則として権利者との正式な契約のもとで行われており、狭義の幽霊オーケストラのような違法性はありません。詳細については「覆面オーケストラ」の項目で扱われます。

海外公演時の別名使用: 実在するオーケストラが、海外での公演時に限定して別の名称を使用することがありますが、これは通常、幽霊オーケストラとは呼ばれません。

名称の類似や重複: 実在するオーケストラにも関わらず、類似した名称の団体が複数存在したり、特に外国語の名称を日本語訳した際に偶然同じ名前になってしまったりして、リスナーに混乱を招くケースがあります。ロシアのオーケストラにこのような事例が多く見られますが、団体自体は実在しているため、これも幽霊オーケストラには含まれません。

幽霊オーケストラの具体例

録音媒体に名称が記されているものの、その実在が疑問視される、あるいは実体が確認されていないとされるオーケストラの例としては、以下のような団体名が挙げられます。

フィルハーモニア・スラヴォニカ
フィルハーモニー・フェスティヴァル・オーケストラ
ベルギー・フェスティヴァル・オーケストラ
ベルリン・フィルハーモニック・ソロイスツ（ゾリステン）
ベルリン・フェスティヴァル・オーケストラ
マズリア・フィルハーモニー管弦楽団（実在情報もあるが不正確とされる）
南ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団（録音専用団体か、現存しないかなど情報が不確実とされる）
モーツァルト・フェスティヴァル・オーケストラ
ラジオ・オーケストラ・ベルリン

実在するが名義を騙られたオーケストラ

一方で、実際には著名な実在オーケストラが演奏した音源であるにも関わらず、その録音で別の架空または実体不明のオーケストラ名を騙られて使用された事例も確認されています。

ロンドン交響楽団
ロンドン・フェスティヴァル・オーケストラ
ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団
ベルリン交響楽団
ライプツィヒ放送交響楽団

幽霊オーケストラの正体とされる実在団体

幽霊オーケストラとして流通した録音の実際の演奏団体として、特定されている例も存在します。代表的なものとしては、

サンクトペテルブルク放送交響楽団（現在のサンクトペテルブルク市立交響楽団）
リトアニア室内管弦楽団

などが挙げられます。また、CDのジャケットや盤面に一切演奏者名が記載されていない特異なケースもありますが、こうした録音についても本来の演奏者が判明していることがあります。例えば、演奏者不明とされていた録音がトビリシ交響楽団によるもので、創立者のヤンスク・カヒッゼやその息子ヴァクタン・カヒッゼが指揮したものであることが後に明らかになった事例などがあります。

ロシアにおける名称重複の特殊事情

ロシア連邦においては、ソビエト連邦の崩壊後に多くのオーケストラが改名したり、新たな団体が設立されたりした結果、団体の名称が混乱しやすい状況が見られます。特に、団体のロシア語名称を英語や日本語に翻訳する際に、複数の全く異なる実在する団体が同じ名称になってしまう事例が頻繁に起こっています。これはオーケストラ自体は実在している点で幽霊オーケストラとは異なりますが、リスナーにとっては誤解や混同の原因となります。具体的な例として、

「ロシア国立交響楽団」と訳される団体が複数存在する（スヴェトラーノフが率いたもの、ポリャンスキーが率いるもの、バシュメットが芸術監督を務める「ノーヴァヤ・ロシア」国立交響楽団など）。
「モスクワ・フィルハーモニー」や「モスクワ国立交響楽団」にもそれぞれ複数の団体が存在した、あるいは存在している。
「ボリショイ交響楽団」は、ボリショイ劇場の付属オーケストラだけでなく、フェドセーエフ率いるモスクワ放送チャイコフスキー大交響楽団や、かつて西本智実が指揮したプロジェクトに関連する団体など、複数指す場合がある（そもそも「ボリショイ」はロシア語で「大きい」という意味の普通名詞です）。
「ロシア交響楽団」や「ロシア・ナショナル管弦楽団」、「ロシア・フィルハーモニー」といった名称も、常設か臨時か、創設者や由来などが異なる複数の団体によって使用されているか、あるいは使用されていたことがあります。

これらの事例は、団体の名称が類似または重複しているだけであり、団体そのものは実在している点で幽霊オーケストラとは区別されますが、録音情報の正確性を判断する上で注意が必要です。

関連事項

幽霊指揮者
覆面オーケストラ

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