庚申倶楽部

大正期の日本において、衆議院の一角に存在したユニークな院内会派が庚申倶楽部（こうしんくらぶ）である。その活動期間は比較的短く、1920年（大正9年）6月23日から1924年（大正13年）1月31日までのおよそ三年半であった。この時期は、第一次世界大戦後の経済変動や社会運動の高まり、そして政党政治が展開される中で、議会内でも様々な勢力が興隆し、離合集散を繰り返していた時代である。庚申倶楽部もまた、そうした政治状況の中で誕生し、消滅していった会派の一つに位置づけられる。

庚申倶楽部は、当時の衆議院において活動していた二つの会派、すなわち旧正交倶楽部に所属していた4名の議員と、旧新政会から参加した21名の議員が合流することによって結成された。それぞれ異なる政治的な経緯を持つ議員たちが一つになった背景には、当時の議会における勢力再編の動きや、特定の既存政党に属さない議員たちの連携模索があったと推測される。会派の運営においては、若尾璋八、吉村鉄之助、山本藤助、山邑太三郎といった面々が幹事として中心的な役割を担った。また、秋田清、難波作之進、宮田光雄といった議員もメンバーに名を連ねていた。

庚申倶楽部の特徴の一つは、そのメンバー構成にあった。特に、実業界で活躍した経験を持つ人々が多数参加していた点は注目に値する。これは、当時の政治において、経済界の視点や利害をより直接的に議会に反映させようとする意図があったことを示唆しているかもしれない。経済の専門知識や実務経験を持つ議員たちは、財政や産業政策に関する議論において、独自の貢献を果たすことが期待されたであろう。

また、庚申倶楽部が掲げた政治的なスタンスも独特であった。「中立」「是々非々」「一人一党」という三つの標語は、その理念を端的に表している。「中立」とは、特定の既存政党、例えば当時の二大政党であった憲政会や立憲政友会といった勢力から一定の距離を置き、どちらか一方に肩入れしない姿勢を意味する。「是々非々」は、提出される議案に対して、特定の党利党略にとらわれることなく、内容そのものの是非を判断して賛否を決めるという、極めて原則的な議会活動のあり方を示している。そして「一人一党」は、会派に属する個々の議員の独立性を重視し、画一的な党議拘束よりも議員それぞれの判断や良心に基づく行動を尊重するという理念であった。

しかし、これらの理念は、同時に会派としての結束力を弱める要因ともなった。個々の議員が「一人一党」の意識を持つことで、特定の政策や議案に対する意見が一致しにくくなり、会派全体として統一的な行動をとることが困難になったと考えられる。理想主義的な理念と、現実の議会政治における多数派形成や組織的な活動との間で、一定の乖離があったのかもしれない。こうした結束力の弱さは、会派が大きな政治的影響力を行使することを難しくした可能性がある。

庚申倶楽部は、1924年1月、衆議院の解散という政治状況の変化を受けて、その存在を終えた。短命な会派ではあったが、所属議員たちはその後も政治活動を続けた者が多かった。特に、そのメンバーの多くが、庚申倶楽部の解散後に結成された中正倶楽部に参加したことは、注目すべき動きである。中正倶楽部もまた、特定の政党に属さない中立的な立場を目指した会派であり、これは庚申倶楽部が掲げた「中立」という理念が、形を変えて引き継がれた側面を示しているのかもしれない。このように、庚申倶楽部は、大正期における多様な政治勢力の一例として、また実業界出身者の政治参加や、個々の議員の独立性を重視する理念を持った会派として、日本の議会政治史において一定の足跡を残したと言えるだろう。

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