廻廊にて

「廻廊にて」

「廻廊にて」は辻邦生による長編小説であり、1962年7月から1963年1月まで「近代文学」に連載されました。その後、1963年7月に新潮社から出版され、以降は文庫版としても多くの読者に親しまれています。

概要と主題

本作は、亡命ロシア人の女性画家マーシャを中心に、その生涯を描写しています。特に彼女の人生は、外面的には報われない努力や困難によって彩られていますが、彼女の内面的な探求が重要な要素となっています。小説はマーシャの日記や友人たちの証言、さらに語り手の回想を交えながら、マーシャの人生を再構成していく形式を取っています。これにより、読者は彼女が直面した苦悩や存在への深い疑問に触れることができるのです。

あらすじ

物語は、旧約聖書のヨブ記からの一節「我望は誰かこれを見る者あらん」で始まり、マーシャの死から始まります。彼女が1950年の冬に療養所で亡くなる際に、共にいたのは母親や親戚、友人の画家パパクリサントスのみでした。「私」と呼ばれる語り手は、1960年代初頭に再びフランスを訪れ、マーシャの過去を深く掘り下げていきます。

「私」は若き日のフランスでの生活を振り返り、二年後にはマーシャと近しい関係になることができます。しかし、才気あふれるマーシャは1930年に突如絵を放棄し、1945年までの20年間を手放しで過ごします。この間、語り手は次第に彼女の記憶を失いつつありましたが、再訪したフランスでの出来事が彼女への関心を再び呼び起こすことになります。

さらに、マーシャの美術学校時代、彼女の友人アンドレ・ドーヴェルニュとの出会いが物語の重要な要素となります。二人は絵画の情熱を分かち合い、しかし戦争や生死への恐れによって引き裂かれてしまいます。アンドレが職業であるパイロットに挑む中、悲劇が彼女のもとに襲い掛かります。アンドレの死により、マーシャは再び現実を「黒々と続く岩群」と感じるようになります。

その後のマーシャは、平穏な農村生活から離れることになるが、彼女の心の中には常に芸術の追求が存在していました。さまざまな試練を経た後、彼女は反ファシズム活動に加わり、友人ローザからの影響を受けて心の考察を深めていきます。最後に彼女は、中世のタピスリを目にし、芸術の持つ真価についての深い理解に達します。

登場人物

• - マーシャ・ヷシレウスカヤ: ロシア生まれの女性画家で、様々な国を転々としながら自身の芸術を追求する。
• - アンドレ・ドーヴェルニュ: 李貴族の家に生まれた少女で、マーシャの親友。彼女との出会いが、マーシャの芸術家としての情熱を目覚めさせる。
• - ローザ: 反ファシズム活動に参加する女性で、マーシャに心の解放を促す重要な存在。
• - マノリス・パパクリサントス: マーシャの友人でギリシア人画家。
• - 「私」: 語り手であり、マーシャとの間にあった出来事を回想する日本人の画学生。

執筆経緯と評価

辻邦生は、この作品を書くにあたり1957年から1961年までフランスに滞在しています。執筆中、彼は多くのアイデアを手帳に記録し、形を整えていきました。「廻廊にて」は彼の初の長編小説であり、1963年に第4回近代文学賞を受賞するなど、その評価も高まります。

福永武彦や高橋和巳を始め、さまざまな評論家が本作について述べており、芸術、存在、死というテーマが深く探求されていることが共通して指摘されています。また、大川幸子や清水徹は、マーシャの人間存在に関する掘り下げとその孤独感が、作品全体の緊張感を生み出していると評価しています。こうした作品の特質は、現代文学における重要な位置を占めています。

書誌情報

「廻廊にて」は、1963年に新潮社より出版され、数度にわたる再版を経て、多くの読者の手に渡り続けています。文庫版や全集としても収録され、今なお愛されている作品の一つです。

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