弦楽のための交響曲 (メンデルスゾーン)

フェリックス・メンデルスゾーンがわずか12歳から14歳という多感な時期に生み出した一群の作品は、「弦楽のための交響曲」、あるいは原題のまま「弦楽のためのシンフォニア（Sinfonia）」という名称で知られています。これらの楽曲は、後に作曲される彼の円熟した交響曲群へと繋がる重要な習作と位置づけられており、全13曲で構成されています。

作曲の背景

これらの作品群が生まれた背景には、メンデルスゾーン家の文化的環境があります。当時、裕福な家庭では自宅で音楽会を開くことが一般的でした。メンデルスゾーン家でも毎週日曜日に家族や知人を招いて音楽会が催されており、「弦楽のための交響曲」はその場で演奏されることを目的として作曲されました。これは若きメンデルスゾーンにとって、自作を披露し、音楽的な実験を重ねるための貴重な機会となったのです。

音楽的特質と位置づけ

「弦楽のための交響曲」には、既に将来の巨匠としての片鱗が明確に表れています。特に、メンデルスゾーンが深く敬愛していたヨハン・セバスチャン・バッハの影響が随所に見て取れます。これらの作品は、単に伝統的な形式を踏襲するだけでなく、若き作曲家ならではの瑞々しい感性と、驚くべき高度な技術が融合しています。多彩な表情を持つ旋律、精緻に織り上げられた対位法、そして豊かな和声は、10代前半の作品としては異例の完成度を示しています。これらの楽曲は、後の大規模な管弦楽作品への試金石となっただけでなく、初期における独立した芸術的成果としても高く評価されるべきものです。

興味深いことに、メンデルスゾーンが後に作曲した番号付き交響曲の最初の作品である「交響曲第1番 ハ短調」（作品11）の自筆譜には、「交響曲第13番」と記されていました。この事実は、メンデルスゾーン自身が、これらの弦楽のための作品群を一連の交響曲創作の出発点、あるいはその一部として捉えていた可能性を示唆しており、その重要性を一層際立たせています。近年では、これらの作品群への関心が高まり、様々なレーベルから全曲録音のリリースが相次ぐなど、再評価が進んでいます。

作品ごとの概要

「弦楽のための交響曲」は、基本的に古典派の交響曲の形式に基づき、3楽章または4楽章構成で書かれています。以下に各曲の概要を記します。

第1番 ハ長調 MWV N 1 (1821年作曲): 3楽章。約11分。
第2番 ニ長調 MWV N 2 (1821年作曲): 3楽章。約11分。
第3番 ホ短調 MWV N 3 (1821年作曲): 3楽章。約9分。
第4番 ハ短調 MWV N 4 (1821年作曲): 3楽章。約9分。
第5番 変ロ長調 MWV N 5 (1821年作曲): 3楽章。約10分。
第6番 変ホ長調 MWV N 6 (1821年作曲): 3楽章。メヌエット楽章を含む点が特徴。約11分。
第7番 ニ短調 MWV N 7 (1822年作曲): 4楽章構成となり、規模が拡大。様々な表情を持つ楽章を含む。約22分。
第8番 ニ長調 MWV N 8 (1822年作曲): 4楽章構成で、演奏時間も約30分と長大。弦楽版に加え、メンデルスゾーン初の本格的なオーケストレーション作品となる管弦楽版も存在する。
第9番 ハ長調 MWV N 9『スイス』 (1823年作曲): 4楽章構成。約29分。副題は第3楽章のトリオ部に由来。ヴァイオリンが4部に分かれるなど、声部の扱いが精緻。
第10番 ロ短調 MWV N 10 (1823年作曲): 単一楽章（アダージョ - アレグロ）。他の楽章が存在したかは不明。約10分。
第11番 ヘ短調 MWV N 11 (1823年作曲): 5楽章構成という異例の形式。約40分。第2楽章「スイスの歌」は削除された可能性。この作品のみ打楽器（ティンパニ、シンバル、トライアングル）を使用。主調はヘ短調だが、序奏がヘ長調で始まる。
第12番 ト短調 MWV N 12 (1823年作曲): 3楽章構成。約22分。第1楽章に本格的なフーガを導入。
* 交響的断章 (第13番) ハ短調 MWV N 14 (1823年作曲): 単一楽章（グラーヴェ - アレグロ・モルト）。約7分。未完成とされることもあり、『交響的断章』とも呼ばれる。自筆譜には番号記載なし。

これらの「弦楽のための交響曲」は、単なる少年期の習作に留まらず、後のロマン派音楽を牽引するメンデルスゾーンの並外れた才能と、古典派音楽への深い理解を示す貴重な資料です。彼の創作活動の初期段階を知る上で、欠かすことのできない重要な作品群と言えるでしょう。

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