弦楽四重奏曲第9番 (シューベルト)

弦楽四重奏曲第9番 ト短調 D 173

フランツ・シューベルトが1815年に作曲した弦楽四重奏曲第9番ト短調、作品番号D 173は、わずか18歳という若さで生み出された、彼の旺盛な創作期を象徴する一曲です。

作曲の背景

この弦楽四重奏曲は、1815年の春、具体的には3月から4月にかけてペンが進められました。シューベルトはこの年の3月4日に意欲的な『交響曲第2番 変ロ長調』（D 125）を完成させたばかりで、間髪入れずにこの四重奏曲の作曲に取りかかっています。そして、本作を完成させた翌月には早くも『交響曲第3番 ニ長調』（D 200）の作曲に着手しており、この時期の彼がいかに驚異的なペースで作品を生み出していたかが伺えます。

1815年という年は、シューベルトの創作活動において特筆すべき実り多い一年でした。この弦楽四重奏曲や前後の交響曲に加え、彼は同年に有名な歌曲『魔王』（作品1, D 328）や、『竪琴弾き』（D 325）、『ミニョン』（D 321）といったゲーテの詩による歌曲の傑作、さらには3作の劇付随音楽、2曲のミサ曲など、多様なジャンルにわたる膨大な数の作品を世に送り出しています。D 173は、このような創作エネルギーが爆発していた時期の、室内楽分野における重要な成果の一つと言えるでしょう。

楽曲の構成

本作は、古典的な4楽章構成をとり、全曲の演奏時間は約24分程度です。

同じト短調という調性を持ちながらも、この作品の響きは、たとえばモーツァルトがこの調性で示したような、深遠で時に劇的な悲劇性とは一線を画しています。むしろ、若々しい生命力や、時には落ち着いた抒情性が感じられるのが特徴と言えるでしょう。これは、シューベルト自身の個性や、当時の作曲様式の一端を反映していると考えられます。

各楽章は以下の通りです。

第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ
ト短調、2分の2拍子（アラ・ブレーヴェ）。「アレグロ・コン・ブリオ」（活気をもって速く）の指示通り、力強く推進力のある主題によって幕を開けます。ソナタ形式で書かれており、若々しいエネルギーと勢いが特徴的な楽章です。ト短調の響きが、時に劇的な色彩を添えています。

第2楽章 アンダンティーノ
変ロ長調、4分の2拍子。前の楽章から一転し、平行調の変ロ長調による穏やかな緩徐楽章です。「アンダンティーノ」（歩くような速さよりやや遅く）の指示が示すように、優雅で抒情的な旋律が歌われます。全体に落ち着いた雰囲気が漂い、前の楽章との対比が印象的です。

第3楽章 メヌエット：アレグロ・ヴィヴァーチェ - トリオ
ト短調 - 変ロ長調、4分の3拍子、複合三部形式。メヌエット主部はト短調で、「アレグロ・ヴィヴァーチェ」（活気をもって速く）の指示通り、舞曲的なリズムの中に力強いアクセントが置かれています。一方、トリオは変ロ長調に転じ、対照的に穏やかで牧歌的な性格を見せます。再びメヌエットに戻り、楽章を閉じます。

第4楽章 アレグロ
ト短調、4分の2拍子。終楽章は再び主調であるト短調に戻り、「アレグロ」（速く）のテンポで疾走します。冒頭から活気に満ちた主題が登場し、全体を強い推進力が貫きます。終結部に向けて速度を維持し、力強く曲を締めくくります。

この弦楽四重奏曲第9番は、シューベルトの若き日の才能が遺憾なく発揮された作品の一つであり、彼がこのジャンルで示していく後の深遠な世界への重要な一歩と言えるでしょう。1815年の他の傑作群と共に、シューベルトの創作史において非常に重要な位置を占めています。

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