強制徴募

強制徴募（イギリス海軍）

強制徴募（きょうせいちょうぼ、英語: impressment）とは、個人の意思を問わず、国家が国民を兵士として強制的に軍隊へ組み入れる制度です。特にイギリス海軍において、この強制徴募は「プレス」または「プレスギャング」とも通称され、1664年から19世紀初頭にかけて、主に戦時に必要となる膨大な乗組員を確保するための重要な手段として実施されました。制度自体は、エドワード1世の時代（1272年-1307年）にまで遡る古い歴史を持ちます。

制度の運用と対象者

イギリス海軍は、自国の商船に乗る水夫だけでなく、時には他国籍の水夫さえも強制徴募の対象としました。理想的な対象は、航海経験を持つ18歳から55歳までの男性でしたが、人員不足の際には全く経験のない者が徴募されることもありました。一方で、特定の身分や職業の者は徴募を免除されました。これには、親方を持つ徒弟、公務員、そして自由土地保有者などの上流階級が含まれます。また、東インド会社の船員や特別な技能を持つ船員には、徴募免除証明書が発行されていました。

もし不当に徴募されたと考える場合、当事者は海軍本部に訴え出ることができ、その訴えが認められるケースも少なくありませんでした。海軍側は、航海経験のない、いわゆる「一般水兵（Ordinary Seaman）」にも「熟練水兵（Able Seaman）」にも満たない人材を船に乗せても役に立たないため、彼らを積極的に徴募しようとはしませんでした。

強制徴募は主に戦時に活発に行われました。平時においては、海軍勤務を希望する水夫が比較的容易に見つかったことや、商船の賃金が下がることで海軍勤務が相対的に魅力的な選択肢となるため、大規模な実施は控えられました。

社会的反響と批判

この制度は、イギリスの憲法に違反するという強い批判に常にさらされていました。大陸諸国の多くが徴兵制を導入していたのとは対照的に、イギリスでは1778年から1780年にかけて短期間陸軍に徴兵制が試みられた以外は徴兵制がなく、大多数の市民がそれに反対していたためです。しかし、海軍の力強い発展と、それによる国家の存続に不可欠な制度であると見なされ、法廷ではその合法性が繰り返し支持されました。

海軍での生活と脱走

18世紀半ばのイギリス海軍における水兵の労働・生活環境は、現代の基準から見れば非常に過酷なものでしたが、当時のイギリス商船や陸上の貧困生活と比べれば、しばしば改善されている部分もありました（ただし、賃金は商船よりも低い傾向にありました）。最大の課題は、戦時に急増する艦船に乗り組む人員を確保することでした。私掠船隊、海軍、そして商船隊の三者が、限られた有能な（あるいは少なくとも「無能ではない」）水夫を取り合った結果、いずれも常に人手不足の状態でした。

強制徴募された者の中には、海軍勤務を望まない者も多数いましたが、彼らは徴募されることで、それまで勤務していた商船から未払い賃金の全額支払いを受ける権利を得ていました。また、未払いの借金や軽犯罪を帳消しにするために、自ら海軍に志願する者もいました。しかし、海軍での厳しい勤務は広く知られており、中には死刑を言い渡された囚人が、海軍勤務か死刑かの選択を迫られ、死刑を選ぶことさえあったと言われています。

海軍における脱走率は、志願兵・強制徴募兵を問わず、18世紀半ばには約25%と高率でした。しかし、これは徴募直後に集中しており、数ヶ月の航海を経て船に慣れると大きく低下し、1年後には無視できるほどになるのが一般的でした。海軍の賃金は月単位または年単位での後払いだったため、脱走は稼いだ多額の賃金を放棄することを意味したからです。さらに、拿捕賞金が支払われる可能性があった場合、脱走すればその分け前を得られなくなります。

脱走防止策として、イギリス海軍では原則として寄港地での上陸休暇が許可されませんでした。乗組員は契約期間中、常に船内に留め置かれることが多かったのです。この休暇の欠如は乗組員の大きな不満の一つであり、時には反乱の引き金となることもありました。一部の艦長は個人的に休暇を許可することもあったようですが、並外れた信頼関係がなければ、やはり脱走者は発生しがちでした。この慣習は強制徴募が廃止される19世紀初頭まで続きました。

徴募の実施方法

陸上での強制徴募は、必要に応じて古参の士官を隊長とする「強制徴募隊（プレス・ギャング）」を編成して行われました。彼らは町の酒場などを臨時の拠点とし、まずビラやポスターで志願者を募りました。実際、強制徴募隊が集めた水夫の約半分は志願者であったと言われています。これは、徴募という避けられない状況下で少しでも有利な条件を得ようとしたり、志願報奨金を得ようとした結果と考えられます。人気のある艦長や士官の船には、水夫の方から乗組員になりたいと請うこともありました。

それでも必要な人数が集まらない場合、町で見かけた徴募対象と思われる男性を力ずくで拠点に連れ去りました。「プレス・ギャング」は、本国でも植民地でも市民から一貫して嫌われており、地方当局が彼らに抵抗し、士官を拘束したり、時には武力で対抗したりすることもあったほどです。

海上での徴募は、目標とする商船に接近し、臨検を行う形で実施されました。乗り込み隊が船内に入り、乗船契約書や免除証明書を確認し、船の運航に最低限必要な人員以外を徴募しました。時には、水兵として不適格な代替要員を商船に送り込み、有能な船員を連れて行くこともありました。海上では特に、航海を終えて帰港しようとする商船の水夫が狙われました。往路の船からは徴募しないという取り決めがありましたが、必ずしも守られませんでした。全国の主要な港には徴募船が配備されており、王室直属の徴募船も活動していました。

クオータ制との関連

強制徴募とは別に、イギリスは1795年から1815年にかけてクオータ制（quota system）も導入しました。これは、各郡がその港の数や人口に応じて、一定数の志願兵を海軍に提供することを義務付けた制度です。強制徴募と異なり、クオータ制ではしばしば犯罪者や、船乗りとしての経験がほとんどない陸上生活者が海軍に送られました。この制度は、地域社会にとっては監獄の代わりや人口調整の手段としても機能しました。浮浪者取締法や救貧法の監督権限を持つ市長には、浮浪者や軽犯罪者、救貧対象者などを海軍に送り込む権限が与えられていました。

米国との対立と制度の終焉

強制徴募は、特に新興国であったアメリカ合衆国との間に深刻な緊張をもたらしました。1795年のジェイ条約で多くの懸案が解決された後も、アメリカ船からの水夫の強制徴募問題は残されました。フランス革命戦争からナポレオン戦争にかけて（1793年-1815年）、イギリス海軍は自国からの脱走兵を捜索するため、アメリカ船を臨検したり、港町で捜索を行ったりしました。この徴募は建前上イギリス人に限られていましたが、イギリス当局はアメリカで取得した市民権を認めず、イギリス生まれの者であればすべて「イギリス人」として徴募対象としました。その結果、6,000人以上のアメリカ市民がイギリス海軍に強制的に組み入れられたとされています。これは1812年に勃発した米英戦争の唯一の原因ではありませんが、強制徴募が引き起こした深刻な外交問題は、アメリカ国内の反英感情を高める大きな要因となりました。

1814年にナポレオン戦争が終結すると、イギリスでの強制徴募は自然と行われなくなりました。その後、第一次世界大戦までイギリス海軍が大規模な人員を必要とするような軍事行動がなかったこと、そしてその時代にはすでに陸海軍全体に徴兵制度が導入されていたこともあり、強制徴募が復活することはありませんでした。また、軍艦が鋼鉄製・蒸気駆動となり、商船と比べて戦術や運用が大きく変化したことで、軍艦の乗組員と商船の乗組員がより明確に区別されるようになったことも、強制徴募の終焉に影響を与えたと考えられています。

強制徴募は、その非人道的な側面から批判されながらも、イギリス海軍が世界の海で覇権を確立し、国家を守る上で不可欠な制度として機能した歴史的事実です。同時に、それは多くの人々の人生を翻弄し、国際関係にも大きな波紋を投げかけた制度でした。

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