彭宇事件

彭宇事件とは

彭宇事件は、2007年4月1日に中華人民共和国の南京地区裁判所に提起された民事訴訟であり、徐寿蘭対彭宇事件、または南京彭宇事件とも呼ばれています。この事件は、転倒した高齢者を助けた男性が、逆にその高齢者から損害賠償を求められるという、前代未聞の事態を引き起こしました。

事件の経緯

2006年11月20日、南京市のバス停で、64歳の徐寿蘭が転倒しました。そこに居合わせた26歳の彭宇は、彼女を救助し、病院へ搬送、治療費まで立て替えました。しかし、その後、徐寿蘭は彭宇を「転倒させた加害者」として訴え、13万元の損害賠償を請求したのです。裁判所は、具体的な証拠がないにもかかわらず、彭宇に徐寿蘭の損失の4割にあたる4万5876元の支払いを命じました。この判決は社会に大きな衝撃を与え、人助けをすることへの恐怖心を植え付ける結果となりました。

裁判と和解

彭宇は一審判決を不服として上訴しましたが、最終的には1万元の補償金を支払うことで和解しました。この和解の際、両者は秘密保持契約を結びましたが、後に双方の同意の下、事件の詳細が公表されました。公表された情報によると、裁判所は彭宇が徐寿蘭を転倒させたと断定したわけではなく、彭宇が助けたという事実と徐寿蘭が怪我をしたという事実から、彭宇に一部の責任があると判断しました。

事件の影響

この事件は、中国社会における道徳観に深刻な影響を与えました。一審判決では、裁判官が「もし正義感からの行動なら、老人を助け起こす前にまず犯人を捕まえるはずだ」という、全く根拠のない憶測に基づいて彭宇を有罪としました。この判決が報道されると、「倒れている老人を見ても、見て見ぬふりで助けない方が良い」という風潮が広まりました。人々は、親切な行為が逆に自分を危険にさらす可能性を恐れるようになったのです。

小悦悦事件と社会の反応

このような風潮の中で、2011年には「小悦悦事件」が発生しました。この事件では、2歳の幼女が車に轢かれた後、18人の通行人が彼女を無視し、結果的に幼女は死亡しました。この事件は、彭宇事件によって広まった人助けへの不信感が、いかに深刻な社会問題を引き起こしているかを浮き彫りにしました。中国政府は、老人の転倒時の技術関与指南を公表しましたが、市民アンケートでは「助けない」と答えた人が43％に上り、「助ける」と答えた人はわずか19％に過ぎませんでした。

現在の状況

2017年、中国政府は民法総則に「緊急救助を実施して被救助者に損害を与えたとしても、救助者は民事責任を負わない」という規定を追加しましたが、事件への関与を避ける風潮は依然として残っています。また、本事件以降も、助けられた側が助けた側を加害者として訴えるなど、当事者双方が食い違う主張を行う事件が頻発しています。これらの事件は、ネット上で「お年寄りを助け起こす羅生門」と揶揄され、その元祖として彭宇事件が認識されています。

まとめ

彭宇事件は、中国社会における道徳観、善意に対する信頼、そして正義のあり方について、多くの課題を提起しました。この事件は、人々の行動様式に大きな変化をもたらし、社会的な不信感を増大させることになりました。今日においても、この事件の教訓は、私たちに「善意とは何か」「助け合うとはどういうことか」を問い続けています。

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