律子と貞子

太宰治『律子と貞子』：近視眼の青年と二人の女性、そして選択

太宰治の短編小説『律子と貞子』は、結婚を控えた青年の葛藤と、それを取り巻く女性たちの対照的な性格、そして著者の独特な視点が織りなす、奥深い人間ドラマです。

物語は、徴兵検査で近視のため丙種判定を受けた三浦憲治という青年の視点から語られます。彼は故郷に戻り、遠縁にあたる姉妹、律子と貞子のどちらかと結婚しようかと悩んでいます。姉の律子は22歳、妹の貞子は18歳。二人は三浦君の生家の酒造店に寄宿した経験があり、三浦君の妹とも親しく、まるで姉弟のような関係を築いていました。

丙種判定の落ち込みを、貞子からの慰めの手紙が癒します。この手紙がきっかけで、三浦君は下吉田の旅館を訪ね、姉妹と再会します。妹の貞子は明るく三浦君に話しかけ、一方姉の律子は旅館の仕事に追われています。この出会いをきっかけに、三浦君は二人の性格の違いを改めて認識することになります。

妹の貞子は奔放で感情表現豊かです。三浦君と過ごす時間は楽しく、一緒にいたいと素直に気持ちを表現します。しかし、姉の律子は真面目で責任感の強い性格。旅館の仕事や周囲の目を気にして、三浦君との時間を制限し、感情を表に出すことはありません。

物語の中盤では、姉妹と三浦君の微妙な関係が描かれています。妹の貞子は三浦君への愛情をストレートに表現する一方、姉の律子は慎重で、周囲の目を気にして、三浦君との関係を隠そうとします。バスに乗車する場面では、姉は他人を装い、妹は三浦君に別れを告げる際に涙ながらに別れを惜しみます。この対照的な行動は、二人の性格の違いだけでなく、社会的な立場や責任感の違いを象徴していると言えるでしょう。

最終的に三浦君は姉の律子と結婚することを決めます。この選択は、物語全体を通して描かれる、三浦君の優柔不断さと、彼の内面にある複雑な感情を象徴していると言えるでしょう。また、著者はこの選択に対して、皮肉を交えた視点で語っており、読者に様々な解釈の余地を与えています。

この物語の核心は、三浦君の近視眼という比喩を通して描かれる、彼の内面の「近視眼」です。彼は目の前の出来事や感情に囚われがちで、全体像を見通すことができません。それは、結婚相手を選ぶという人生の大きな決断においても同様です。彼は二人の女性の長所・短所を冷静に比較検討するのではなく、感情や直感に左右され、最終的には姉を選んだのです。

そして、物語の終わりは「読者は如何に思うや」と問いかけられます。これは、読者に三浦君の選択、そしてその選択に至る過程について、自ら考え、判断することを促していると言えるでしょう。太宰治らしい、読者に問いかける、余韻を残す作品となっています。

『律子と貞子』は、結婚という人生の大きな転換期を迎える青年の葛藤や、女性たちの異なる性格、そして周囲の社会的な圧力などを丁寧に描きながらも、同時に、人間の複雑な心理や、選択の困難さを、比喩を用いて巧みに表現している、優れた短編小説と言えるでしょう。また、聖書のマルタとマリアの逸話を引用するなど、文学的な深みも感じられます。この作品は、現代社会においても、人間関係や人生における選択の難しさについて、多くの示唆を与えてくれるでしょう。

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