思い出を置く 君を置く

太田裕美が1980年に発表した通算12作目のオリジナルアルバムが『思い出を置く 君を置く』（おもいでをおく きみをおく）です。この作品は、当時の彼女のアルバムとしては異例の、明確なコンセプトに基づく企画盤として制作されました。1998年にはCD化され、現在も聴くことができます。オリコンチャートでは最高44位を記録しています。

本アルバムの最大の特徴は、収録全楽曲の作詩を詩人のサトウハチローが、作曲をすぎやまこういちが一貫して手掛けた点にあります。多様な作家陣を迎えることの多い太田裕美の作品群にあって、本作はたった二人のクリエイターの世界観によって統一されています。さらに、本作はスタジオミュージシャンによるバンド形式ではなく、オーケストラとの共演という、ポピュラー音楽としては意欲的なアプローチが試みられています。これは、すぎやまこういちが得意とするクラシック音楽の手法を取り入れたアレンジと、サトウハチローの叙情的な詩世界を融合させるための選択だったと言えるでしょう。

アルバム全体を通して、豊潤な弦楽器や管楽器を中心としたオーケストラサウンドが響きます。クレジットには「ヒロミック弦楽合奏団」という名称が記載されており、これが演奏を担当した楽団であると考えられます。すぎやまこういち自身、クラシック音楽への造詣が深く、その知識と技術がポピュラーミュージックのアレンジに活かされており、彼のこの分野での手腕はゲーム音楽の巨匠としても広く知られています。編曲は、すぎやまこういち自身が手掛けた1曲を除く全てを萩田光雄が担当。二人のアレンジャーの手腕によって、オーケストラとボーカルが見事に調和したサウンドが作り上げられています。

1980年のLPレコード発売時には、標準的な仕様の他に、高音質を追求した「master sound盤」が遅れてリリースされました。これは、当時のアナログレコードにおける最新のデジタルマスタリング技術を用いたもので、オーディオファン向けに企画されたと考えられます。ディスク番号も通常盤の「27AH-980」に対し、「master sound盤」は「30AH-513」と異なっていました。1998年のCD化により、より多くのリスナーが手軽にこのアルバムを楽しめるようになりました。

アルバムには全10曲が収録されています。全ての詩をサトウハチローが、全ての曲をすぎやまこういちが手掛けています。

「嘆きのバラ」 (編曲：萩田光雄)
「泪の中に顔がある」 (編曲：萩田光雄)
「モモンガー モモンガー」 (編曲：萩田光雄) - ユニークなタイトルが目を引きます。
「ことしも春の中にいる」 (編曲：萩田光雄)
「少年の日の花」 (編曲：萩田光雄) - メンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」第1楽章冒頭の有名なテーマが楽曲のベースとして使用されています。
「おぼえているかいあの春を・・・・・・」 (編曲：すぎやまこういち) - すぎやまこういち自身が編曲を手掛けた唯一の楽曲です。
「キッス パレード」 (編曲：萩田光雄)
「知らないところで・・・・・・」 (編曲：萩田光雄)
「なにもかもたったひとつ」 (編曲：萩田光雄)
「思い出を置く 君を置く」 (編曲：萩田光雄) - アルバムタイトルにもなっている楽曲です。モーツァルトのセレナード第13番ト長調、K. 525、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」のメロディーが効果的に取り入れられています。

『思い出を置く 君を置く』は、昭和を代表する詩人と、ゲーム音楽の巨匠としても知られる作曲家、そしてシンガーソングライターとして活躍していた太田裕美という、異色の組み合わせによって生み出されたユニークな企画アルバムです。クラシック音楽の要素を大胆に取り入れたオーケストレーションと、叙情的でどこか懐かしい詩の世界観が融合し、太田裕美のボーカルによって一つの独創的な世界観が構築されています。太田裕美のキャリアの中でも、この作品は実験的であり、彼女の表現の幅広さを示す重要な一枚と言えるでしょう。

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