情事 (1960年の映画)

情事：地中海の謎と愛の不毛

ミケランジェロ・アントニオーニ監督の『情事』（L'avventura）は、1960年製作のイタリア・フランス合作映画であり、のちに「愛の不毛」三部作の第一作として位置づけられる作品です。倦怠感漂う男女関係、そして不可解な失踪事件を軸に、人間の心の奥底にある複雑な感情や、愛の脆さを繊細かつ大胆に描き出しています。

あらすじ：失踪と深まる関係

ローマの上流階級の令嬢アンナと、建築家の恋人サンドロ。二人の関係は、春の倦怠感に似た不安定さを孕んでいます。夏の終わり、彼らはアンナの親友クラウディアと共に、シチリア島近海の群島へヨット旅行に出かけます。無人島に上陸した際、アンナは突如として姿を消します。

徹底的な捜索にも関わらずアンナは見つかりません。事故死の痕跡もなく、失踪の謎は深まるばかりです。しかし、アンナを探し続けるうちに、サンドロとクラウディアは次第に近づき、やがて肉体関係を持ちます。アンナの失踪という衝撃的な出来事が、二人の関係を密接に結びつけたのです。

アンナへの言及は少なくなっていき、新しい恋が始まったかのように見える二人。しかし、クラウディアの心には葛藤が渦巻きます。サンドロへの愛情と、アンナへの罪悪感、そして、自分がアンナの不安定さを引き継いでいるのではないかという漠然とした恐怖。

物語は、新たなカップルとして友人たちと祝宴を挙げた夜に、衝撃的な展開を迎えます。サンドロは朝まで帰ってこず、待ちくたびれたクラウディアは彼を探しに行きます。そして、サンドロが別の女性と楽しげに過ごしている現場を目撃してしまいます。

クラウディアの絶望、そしてサンドロの自己嫌悪。二人の葛藤は、言葉にならない感情の奔流として描かれます。そして、最後は、クラウディアがサンドロの肩を抱く場面で映画は幕を閉じます。


アントニオーニの演出：曖昧さと静寂

アントニオーニ監督は、この作品で、従来の映画とは異なる独特の演出手法を用いています。物語は、アンナの失踪という謎めいた事件を軸に展開する一方で、その謎は最後まで完全に解き明かされることはありません。むしろ、曖昧さと静寂が、観客に深い余韻を残します。

登場人物たちの心理描写も非常に繊細で、言葉にならない感情や、抑えきれない不安が、彼らの表情や仕草を通して表現されています。長回しや静止画を多用した演出は、まるで観客が、登場人物たちの心の内側に深く入り込んでいるかのような感覚を与えてくれます。


公開当時の反響と評価

『情事』は、公開当時、観客の予想をはるかに超えた結末で大きな話題となりました。アンナの失踪は、観客に大きな衝撃と、様々な解釈を促すものでした。新聞記事でアンナへの出頭を求める報道がなされたという逸話も残されています。

斬新な映画言語と、従来の物語構成を覆す大胆な試みは、高く評価され、1960年のカンヌ国際映画祭で審査員賞（新しい映画言語の探求に対する賞）を受賞しました。


愛の不毛と人間の深層

『情事』は、単なるミステリー映画ではありません。アンナの失踪をきっかけに、人間の心の奥底にある、愛、不安、罪悪感といった複雑な感情が、鮮やかに、そして時に冷徹に描かれています。

倦怠感に満ちた人間関係、そして、その関係に潜む深い闇。この作品は、愛の不可能性というテーマを、静かに、そして力強く問いかける作品です。アントニオーニ監督の独創的な映像表現と、俳優たちの繊細な演技が見事に融合した、忘れがたい名作と言えるでしょう。

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