愛の陽炎

映画『愛の陽炎』（あいのかげろう）は、1986年 3月1日に劇場公開された日本映画です。テレビドラマでのアイドルとして人気を博していた伊藤麻衣子（現在のいとうまい子）にとって、これが初めての本格的な劇場用映画における主演作品となりました。脚本を手がけたのは、日本映画界を代表する橋本忍。彼は、自身が過去に製材会社で働いていた経験が、本作の脚本の着想源となったことを明かしています。

物語の舞台は、豊かな自然が残る埼玉県西部地域。飯能市にある製材所で働く新井ルミ子は、まだ二十歳という若さながら、仕事で出入りするトラック運転手の関口岩松と深く愛し合うようになります。二人は将来を誓い合い、結婚の約束を交わします。そして、日高市高麗の高台に自分たちの家を建てるという大きな夢を共有し、その実現のために共に結婚資金を貯め始める日々を送っていました。

ルミ子と同居する祖母は、関口の人となり自体は認めるものの、彼に対してどこか割り切れない思いを抱いており、ルミ子にも関口を全面的には肯定しない態度を見せます。やがて、祖母は病院で働く知人から、関口が若い女子高生を中絶手術のために連れて行ったという、聞き捨てならない噂を耳にしてしまいます。この知らせは、ルミ子の心にさざ波を立てますが、彼女は愛する関口を信じようとします。

しかし、家を建てるはずの土地の話は一向に進展せず、ルミ子は次第に疑念を募らせていきます。さらに、関口とのデート代や、彼が起こした事故の示談金までルミ子が負担している現状も、彼女の不信感を深める要因となっていきました。決定的な出来事は、新居のための手付金として大切に貯めた200万円を関口に託した後でした。ルミ子は職場の同僚から、関口が目をつけていたはずの土地はそもそも売りに出されていない、という衝撃的な事実を聞かされます。そして追い打ちをかけるように、関口には既に妻がいることが判明するのです。

愛する人に騙され、裏切られた事実を知り、激しく泣き崩れるルミ子。そんな孫娘の姿を見た祖母は、この地に古くから伝わるという恐ろしい呪術「呪い釘」の存在をルミ子に教えます。真夜中の丑の刻（午前二時）、白い装束を身にまとい、頭にろうそくを灯して神社の神木に向かう。そして、憎む相手に見立てた藁人形に、五寸釘を一本一本、恨みを込めて打ちつけていく。これを十夜続けることで、どんな恨みでも晴らすことができると伝えられているのです。祖母は部屋の片隅から長年しまい込んでいた呪いの道具を取り出し、ルミ子に白い装束を用意します。

深い恨みを胸に抱き、ルミ子は教えられた通りに藁人形に釘を打ち始めます。その時、遠く離れた場所で妻と共に寝ていた関口は、突然、説明できないほどの激しい痛みに襲われます。翌日、原因不明の体調不良で入院した関口でしたが、すぐに退院します。効果がないと祖母に訴えるルミ子に対し、祖母は涙ながらに謝罪しつつ、「まだあと二夜残っている。必ず十夜続けなさい」と諭します。

そして十夜目の夜、トラックを運転していた関口は、闇夜に白装束姿で立つルミ子の姿を目撃し、激しく動揺します。その衝撃からハンドル操作を誤り、トラックは事故を起こし、関口は命を落としました。こうしてルミ子の願いは皮肉にも叶えられたのです。

気持ちに区切りをつけ、新たな人生を始めるために東京へ旅立つことを決意したルミ子は、関口が目をつけていた土地の持ち主である西谷から呼び出されます。そこでルミ子は、関口が密かにルミ子名義でその土地の譲渡手続きを進めていたこと、そして彼が妻の弘江と別れて、本当にルミ子と結婚するつもりでいたという衝撃的な真実を知らされるのでした。愛と裏切り、そして悲劇的な復讐が交錯する、衝撃的な結末を迎える物語です。

本作の主なキャストには、主演の伊藤麻衣子のほか、萩原流行、北林谷栄、司葉子、佐野浅夫らが名を連ねています。監督は三村晴彦、音楽は福島新一が担当し、主題歌とメインテーマ曲は主演の伊藤麻衣子自身が歌唱しました。

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