憎悪の依頼

『憎悪の依頼』は、松本清張が1957年に発表した短編小説です。この物語は、主人公である「私」が、佐山都貴子という女性への愛と憎しみの間で揺れ動き、最終的に殺人に至るまでの経緯を描いています。

物語は、「私」が川倉甚太郎という男を殺害した罪で服役している場面から始まります。しかし、「私」は、法廷で語られた動機とは異なる真実を告白します。それは、佐山都貴子に対する激しい憎悪でした。

「私」は、都貴子に好意を抱き、交際を重ねますが、彼女は他の男性からのアプローチを「浮気」と笑い飛ばします。この出来事に衝撃を受けた「私」は、都貴子に執拗な求愛を繰り返しますが、彼女は一向に受け入れません。そして、箱根への旅行で決定的な拒絶をされた「私」は、彼女への復讐を決意します。

復讐の道具として選ばれたのが、女たらしの友人である川倉甚太郎でした。「私」は、彼に都貴子を誘惑させ、その結果を報告させることで、都貴子を貶めようとします。川倉はあっという間に都貴子を篭絡し、その報告を聞いた「私」は、激しい怒りと絶望に苛まれ、川倉を殺害してしまうのです。

この物語は、単なる恋愛のもつれを描いたものではありません。愛する女性に拒絶された男の屈折した感情、復讐心、そして人間としての弱さが描かれています。藤井淑禎氏の研究では、当時の社会背景や男女の関係性を踏まえて、この物語の複雑な心理描写が分析されています。

「私」は、都貴子との関係において、プロポーズのような責任を伴う行動を避けて、性的欲求を満たそうとしたと指摘されています。一方、都貴子も、愛の証を求めながらも、「私」の愛を受け入れなかったことが、この悲劇を生んだ一因であるとされています。もし、「私」が一度でも受け入れられていれば、物語は別の結末を迎えていたかもしれません。

『憎悪の依頼』は、人間の感情の複雑さと、すれ違いによって引き起こされる悲劇を描いた、松本清張の傑作短編の一つと言えるでしょう。愛と憎しみ、嫉妬と復讐が絡み合う物語は、現代においてもなお、読者の心に深く響きます。

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