戒厳令の夜

『戒厳令の夜』：歴史の闇と天才画家の謎

五木寛之による小説『戒厳令の夜』は、1975年から1976年にかけて連載され、その後書籍化、映画化もされた人気作品です。1973年、福岡市を舞台に、映画雑誌記者の江間隆之が、ある酒場で発見した絵画が物語の始まりとなります。その絵は、ナチス占領下のフランスで略奪され、大戦末期にUボートでドイツから日本へ持ち込まれた、幻の天才画家パブロ・ロペスの作品ではないかと江間は疑念を抱きます。

物語は、この絵画を巡って展開します。絵画の来歴を追いながら、江間は、政財界に影響力を持つ美術愛好家や、美術史家の教授、そしてかつて炭鉱で働いていたゲイボーイなど、様々な人物と関わっていきます。それぞれの登場人物が、それぞれの思惑や過去を抱え、絵画をめぐる争奪戦に巻き込まれていきます。

パブロ・ロペスという架空の画家の存在は、物語に深みを与えています。彼はスペイン内戦を逃れてパリへ亡命し、そこで才能を開花させました。しかし、彼の作品はナチスの魔の手によって略奪され、そして大戦の混乱の中で、その行方は分からなくなります。彼の作品は、激動の時代を象徴し、歴史の闇に葬られた多くの犠牲者たちを想起させます。

物語は、1973年9月11日にチリで発生したクーデターのニュースによってクライマックスを迎えます。このクーデターは、アメリカCIAの関与が示唆されており、物語全体に漂う陰謀の影をより濃くします。ロペスの絵画は、単なる美術品ではなく、歴史の大きな流れの中で、人々の運命を翻弄する存在として描かれています。

この作品は、単なるミステリー小説にとどまりません。歴史の闇、人間の欲望、そして運命の残酷さなど、様々なテーマが複雑に絡み合い、読者に深い衝撃を与えます。登場人物たちの複雑な人間関係や、それぞれの過去、そして時代背景が緻密に描かれており、物語にリアリティを与えています。

さらに、この小説には、ナチスドイツ、第二次世界大戦、チリクーデターといった歴史的事実が背景として描かれています。これらの歴史的事実は、物語にリアリティを与えると同時に、人間の業や時代の流れに対する作者の深い洞察を示しています。

1977年には第30回日本推理作家協会賞の長編部門候補にもなった本作は、1980年には映画化もされました。映画版では、鶴田浩二、伊藤孝雄、樋口可南子など、当時を代表する俳優陣が出演し、大きな話題を呼びました。特に、この作品で映画デビューを果たした樋口可南子は、ゴールデン・アロー賞新人賞を受賞しています。

『戒厳令の夜』は、ミステリー、歴史、人間ドラマが複雑に絡み合った、五木寛之の代表作の一つと言えるでしょう。時代を超えて読者を魅了する、重厚な物語の世界観は、多くの読者に長く愛され続けています。歴史の影と、そこに翻弄される人々の運命、そして謎めいた絵画をめぐる物語は、今もなお、多くの読者に深い感銘を与え続けています。

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