或る「小倉日記」伝

『或る「小倉日記」伝』

松本清張の短編小説『或る「小倉日記」伝』は、1952年9月に『三田文学』に発表され、翌年には第28回芥川賞を受賞しました。この作品は、小倉市を舞台に、作家であり文学者でもある森鷗外が過ごした3年間の生活を描き、主人公・田上耕作の視点から進行します。

物語のあらすじ

物語は1938年（昭和13年）から始まり、主人公の田上耕作は生まれつき神経系の障害を持ち、片足が麻痺しており、言葉もうまくしゃべれません。しかし、耕作は知的に優れ、小中学校では優秀な成績を収めていました。彼の生活は、母の裁縫と家賃収入に支えられつつ、何とか成り立っています。そんな中、耕作には歌好きな友人・江南がいます。江南は文学青年で、商社に勤めながらも詩を書く情熱を絶やさず、ある日、森鷗外の作品『独身』を耕作に勧めます。この作品は、耕作が子供の頃に聞いていた伝便について綴られており、彼は強い感動を覚えました。

耕作はその後、江南の紹介で病院経営者・白川の元で目録作りの仕事を始めます。白川は文学青年たちの中心人物であり、多くの芸術的蔵書を所有しています。耕作は書物を整理する役目があったものの、実際には白川の蔵書を読むことに多くの時間を費やしました。この経験から、彼は森鷗外の生活を記録し、彼が小倉にいた頃の「小倉日記」を補完しようと考えつきます。

記録の旅路

耕作は、鷗外が小倉にいた時期の足跡を追い、関連する文献を探し始めます。文献の中には『独身』や『鶏』、さらには『二人の友』が含まれており、彼は僕自身の経験と照らし合わせながら、取材を進めます。しかし、麻痺のある身体での取材は厳しく、彼は何度も不遇と挫折を味わいます。それでも、江南や母の支えを受けて、活動を続ける耕作。戦争が彼の情熱を阻む中で、彼はあきらめずに記録に取り組みます。

戦争と衰弱

しかし、戦争は彼にさらなる苦難をもたらします。情報を得ることが難しくなり、身体の麻痺症状は進行してしまいます。時には寝たきりになることもあり、江南は訪れ、食料を持参することが多くなります。耕作は、自身の集めた「小倉日記」がいつの日か意味を持つことを夢見ていたものの、1950年の暮れ、衰弱が極度に進行し、遂に彼は息を引き取ります。

その後、鷗外の一族が『小倉日記』の原本を発見します。耕作の死を知りながら失われた日記が発見された事実は、果たして彼にとって幸運と言えるのか不運と言えるのか、そしてその思索は物語全体に深い感慨をもたらします。

まとめ

この短編小説は、小倉に生きた一人の文学者の追悼であり、同時に彼の精神や知的探求の象徴とも言えます。清張が手掛けたこの作品は、彼自身の作家としての旅路とも重なり、文学の本質を問いかけるものとなっています。そこには、友情や愛、戦争の影響を受けた時代の苦悩が織り込まれ、今なお多くの読者に感動を与え続けているのです。

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