戸井田和之選挙事務所襲撃事件

戸井田和之選挙事務所襲撃事件は、2010年（平成22年）12月12日、茨城県議会議員選挙の投開票日当日に発生しました。茨城県石岡市の、無所属で立候補していた元県議会議員、戸井田和之氏の選挙事務所に乗用トラックが意図的に突入し、関係者1名が死亡した事件です。この事件は、選挙活動の自由を妨害するテロ行為として、社会に大きな衝撃を与えました。

事件発生時の状況

事件は、2010年 12月12日の午前10時35分頃に起こりました。投票を終え、事務所に集まっていた戸井田氏やスタッフ、支持者ら十数名が談話している最中でした。事務所の北西側から白い保冷車が接近する様子が見え、当初は宅配便と見間違えられたといいます。しかし、その保冷車は突然バックで急加速し、事務所に二度衝突しました。この衝突により、事務所のフェンスや壁は大きく損壊しました。

保冷車は衝突後そのまま逃走を図りました。事務所にいた戸井田氏の叔父にあたる男性が、逃走する保冷車のサイドミラーにしがみつき、車両を止めようとしました。しかし、保冷車は男性を振り落とし、左側の車輪で男性の腹部を轢過。男性は重傷を負い、救急搬送されましたが、後に死亡が確認されました。保冷車はその後も逃走を続け、路地で別の乗用車と衝突しながら現場から走り去りました。一部始終を目撃していた戸井田氏は、犯人が犠躇なく男性を轢いて逃げたと証言しています。また、近隣住民は、被害男性がひどい出血状態で意識がなかった様子を語っています。幸いにも、事務所内にいた他のスタッフや支持者ら十数名に怪我はありませんでした。

捜査の経過

事件発生後、茨城県警察は即座に捜査を開始しました。被害男性の死亡という重大な結果に加え、車両による事務所への突入という犯行の性質から、捜査当局は犯人に殺意があったと判断し、殺人事件として捜査を進めました。石岡警察署に80人体制の捜査本部が設置され、犯人の特定と行方追跡が行われました。また、選挙期間中の候補者事務所を標的とした犯行であることから、公職選挙法違反（選挙の自由妨害）の可能性も視野に入れて捜査が進められました。

犯行に使用された白い保冷車は、事件現場から約800メートル離れた住宅街の路上で発見されました。車両は土浦ナンバーで、捜査の結果、市内の運送業者から盗まれたものであることが判明しました。運送業者によれば、保冷車は前日の夜遅くに鍵を差したまま駐車場に置かれており、事件発生当日未明に盗難に気づいたとのことです。事件当日午前9時半頃、保冷車が発見された場所の近くにあるスーパーの駐車場で、不審な男が白い乗用車からこの保冷車に乗り換える姿が目撃されており、この保冷車が前日朝から駐車場に停められていたことも確認されました。乗り換えに使用された白い乗用車の所有者は、「知人に貸していた」と説明したとされています。

実行犯の逮捕と背景

徹底した捜査の結果、2011年（平成23年）1月15日、山口組系暴力団の幹部が事件の実行犯として逮捕されました。当初、逮捕容疑は保冷車に関する器物損壊罪と窃盗罪でしたが、犯行に使用された保冷車内から容疑者の指紋が検出されるなど証拠が集まり、また、容疑者が戸井田氏と面識があったことも明らかになりました。容疑者は一貫して犯行への関与を否認しましたが、2月4日に器物損壊罪と窃盗罪で起訴されました。さらに、2月5日には殺人罪の容疑で再逮捕され、2月25日に殺人罪で追起訴されました。この事件には共謀者がいた可能性も指摘され、共謀したとされる暴力団組員3名が窃盗罪の容疑で逮捕されましたが、彼らは不起訴処分となっています。

事件の背景と選挙情勢

事件の背景には、当時の石岡市選挙区における複雑な選挙情勢がありました。当初、石岡市選挙区は自民党現職候補2名による無投票当選が有力視されていました。しかし、告示日のわずか9日前に戸井田氏が突然立候補を表明したことで情勢は一変し、3名による三つ巴の選挙戦に突入しました。戸井田氏の立候補が、特定の勢力にとって不都合であった可能性が指摘されています。

戸井田陣営は、事件発生前から執拗な嫌がらせを受けていたことが後に明らかになりました。選挙活動の初期段階から、選挙カーのマイクやスピーカーの配線を切断される被害に遭っていました。また、事務所の敷地内に生ごみを放置されたり、選挙活動中に不必要な幅寄せを受けたりするといった妨害行為が頻繁に発生していました。事件前日の12月11日朝には、選挙カーを含む計6台の車両のタイヤがパンクさせられているのが見つかっています。さらに、事務所の看板が破られたり、消火器の中身を噴射されたりといった被害もありました。これらの嫌がらせに対し、戸井田氏側は、警察の警備を受けながらの選挙活動は有権者からのイメージを損なうと考え、被害届の提出を控えていたといいます。

選挙結果とその後

事件が発生したものの、戸井田和之氏はその後の茨城県議会議員選挙において、石岡市選挙区でトップ当選を果たしました。当選後も戸井田氏は旧所属会派である自民党会派には戻らず、無所属の議員として活動しました。2014年（平成26年）の県議会議員選挙でも無所属で出馬し、第2位で3選を果たしています。その後、2017年（平成29年）6月に自民党会派に復帰し、2018年（平成30年）の県議会議員選挙には自民党公認候補として出馬し、第2位で4選を果たしています。事件後、他の当選候補や落選候補からも、事件で亡くなった方への哀悼の意や、警察による徹底した捜査を求める声があがりました。

裁判の経緯

器物損壊罪、窃盗罪、そして殺人罪で起訴された山口組系暴力団幹部に対する一審裁判は、2011年11月から12月にかけて水戸地方裁判所で裁判員裁判として行われました。公判では、被告が実際に犯行を行ったかどうかの「犯人性」と、被害者に対する「殺意の有無」が主な争点となりました。裁判は、これらの争点を個別に審理する二段階方式で進められました。

被告は裁判において無罪を主張しましたが、2011年12月22日、水戸地方裁判所は被告に対して、殺人などの罪で懲役20年の有罪判決を言い渡しました。判決では、犯行車両から検出された指紋や、目撃証言などから被告の犯行を認定し、被害者を轢過した行為には明確な殺意があったと判断されました。被告は判決を不服として東京高等裁判所に控訴しましたが、2012年7月11日、東京高等裁判所は一審判決を支持し、被告の控訴を棄却しました。これにより、懲役20年の有罪判決が確定しました。

この事件は、選挙という民主主義の根幹に関わる活動を、暴力によって妨害しようとする卑劣な行為として、広く社会の注目を集めました。また、選挙期間中の嫌がらせ行為に対する対応や、治安維持のあり方についても改めて考えさせられる契機となりました。

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