抑うつリアリズム理論

抑うつリアリズム理論: 現実と感情の境界

抑うつリアリズム理論（Depressive realism）は、ローレン・アローイとリン・イボンヌ・エイブラムソンによって提唱された思想であり、抑うつ状態にある人々が、そうでない人々よりもより現実的な判断をする傾向があるとする仮説です。この理論は、従来の心理学における抑うつに関する認識に対して、根本的な疑問を投げかけるものです。

従来、多くの心理学者は、抑うつ者が否定的な認知バイアスを抱えていると考えてきました。彼らは、自分自身や周囲の世界を否定的に捉え、その結果としてネガティブな自動思考や不適応行動を示すとされていました。さらに、抑うつ者は、世界が機能不全であるという信念を持ち、それを繰り返し体験すると見なされてきました。

しかし、抑うつリアリズム理論は、この従来の理解に反し、抑うつのネガティブな認知こそが、現実をより的確に反映している可能性があると主張します。また、抑うつでない人々は、よりポジティブな評価を持っている傾向があるとされています。こうした考え方は、現在主流の認知行動療法の基本的な前提にも異議を唱えるものです。認知行動療法は、抑うつ者が知覚にバイアスをかけていると仮定し、その歪みを正すことを目指しますが、抑うつリアリズム理論は、彼らの知覚が必ずしも間違っているわけではない可能性を示唆しています。

この理論に関する研究も行われており、いくつかの実験が行われました。例えば、参加者がタスクを実施し、ボタンを押した際にライトが点灯するという体験について、彼らのコントロール感を評価するよう求められた実験では、抑うつ者は非抑うつ者以上に正確なコントロール感の評価を下しました。フィードバックなしでタスクを完遂した際にも、抑うつ者は自己評価がより的確である傾向が見られました。

また、タスクを段階的に実施し、各ステップの後にパフォーマンスに関するフィードバックを与えられた場合でも、抑うつ者は非抑うつ者よりも自己評価において高い正確性を示しました。これは、たとえタスクの実施後の時間が空いていても変わらない傾向が見られました。

抑うつリアリズム理論については、まだ論争が続いており、現在でも精力的に研究されています。一部の研究では、この理論の支持的証拠が得られていますが、その影響は特定の状況に限定される可能性があるとも指摘されています。今後の研究によって、この理論がより広く認められるのか、それともさらなる批判にさらされるのかが注目されます。

このように、抑うつリアリズム理論は、抑うつの理解を深めるための重要な視点を提供しています。従来の考え方にメスを入れ、抑うつ者の認知が持つ意味を再評価することが求められる時代に来ているのかもしれません。

もう一度検索