抗原原罪

抗原原罪（こうげんげんざい）

定義と概要

抗原原罪（Original Antigenic Sin）とは、主にインフルエンザウイルスへの感染やワクチン接種によって免疫を獲得した個体が、その後、以前のウイルス株と類似しているが一部異なる変異株に再感染した際に観察される現象です。この現象では、過去に免疫記憶ができた抗原部分（エピトープ）に対しては強い免疫応答を示す一方で、新しく出現した、過去に経験のない抗原部分に対しては、本来起こるべき免疫応答が十分に引き出されないという特徴があります。まるで、過去の免疫記憶が、新たな敵への対応を阻害しているかのように見えるため、「原罪」という言葉が用いられています。

このメカニズムは、免疫系の「記憶」と「新規応答」の間の複雑な相互作用によって説明されます。特に、一度抗原に反応して活性化・増殖し、その後も体内に残る「記憶リンパ球（B細胞、T細胞）」と、まだ抗原に触れたことのない「ナイーブリンパ球」の働きが関わっています。

免疫応答における抑制のメカニズム

免疫システムは、一度獲得した免疫によって、同じ抗原に対するナイーブリンパ球の活性化を抑制する性質を持っています。これは、すでに効率よく働く抗体やエフェクターT細胞が存在する場合、新たなナイーブ細胞を動員する必要がない、あるいは過去の免疫応答が優先されるためと考えられます。

具体的には、抗体と抗原が結合した複合体が、ナイーブB細胞の表面にある特定の受容体（FcγRⅡb）と結合することで、B細胞の活性化シグナルが抑制されることが示唆されています。この受容体はナイーブB細胞に発現し、活性化を抑制する機能を持つ配列を持っています。これにより、ナイーブB細胞は活性化されにくくなりますが、すでに活性化されて記憶細胞となったメモリーB細胞の応答は抑制されません。

T細胞においても同様の現象が観察されます。特に細胞障害性T細胞（Tc細胞、CD8+T細胞）においては、一度抗原に感作された記憶T細胞が迅速に活性化し、その抗原を提示している細胞を破壊することで、ナイーブT細胞が活性化される機会を奪うと考えられています。

臨床への応用例

このような免疫応答の抑制メカニズムは、医療に応用されています。最もよく知られている例の一つが、Rh不適合妊娠の予防です。

Rh陰性の母親がRh陽性の胎児を妊娠した場合、出産時などに胎児のRh陽性赤血球が母親の体内に入ると、母親はRh抗原に対する免疫を獲得してしまう可能性があります。その後に再びRh陽性の胎児を妊娠すると、母親は胎児の赤血球を攻撃する抗体（抗Rh抗体）を大量に産生し、胎児に重篤な溶血性疾患を引き起こすことがあります。

これを防ぐため、Rh陰性の母親には妊娠中や出産後に、あらかじめRh抗体（抗Dグロブリン）が投与されます。これにより、もし胎児の赤血球が母親の体内に入っても、投与された抗体が胎児の赤血球表面のRh抗原と結合し、これを速やかに排除したり、母親自身のナイーブB細胞がRh抗原に反応して抗体を産生するのを抑制したりすることで、母親のRh抗原に対する免疫獲得を防ぎます。これは、上述したFcγRⅡb受容体を介したB細胞抑制メカニズムが関与していると考えられています。

インフルエンザにおける抗原原罪の詳細

さて、「抗原原罪」という言葉が特に用いられるインフルエンザウイルスの場合に話を戻しましょう。過去にインフルエンザA株に感染（またはワクチン接種）した人が、その後にA株と一部共通のエピトープを持つB株に感染したとします。

このとき、免疫システムは以前経験したA株と共通のエピトープに対しては、記憶細胞が迅速に反応し、効率よく抗体を産生します。しかし、B株には存在するがA株には存在しなかった新しいエピトープに対しては、それに対応するナイーブB細胞が、共通エピトープに対する強い免疫応答や上述の抑制機構によって活性化されにくくなります。結果として、新しいエピトープに対する抗体の産生量が著しく低くなってしまうのです。

これは、全く異なる抗原構造を持つC株に感染した場合に、新しい抗原に対しても十分な免疫応答が起こるのとは対照的です。つまり、過去の免疫記憶が、類似しているが完全に一致しない抗原に出会った際に、新しい部分への柔軟な対応を妨げてしまう現象と言えます。

なぜこのような機構が存在するのかは完全には解明されていませんが、ウイルス感染のように迅速な対応が求められる状況では、すでに効率よく働く記憶B細胞を優先的に動員することが、個体にとって有利に働く側面があるのかもしれません。しかし、ウイルスの変異が速いインフルエンザのような感染症においては、この現象がワクチンの効果を限定したり、再感染時の免疫応答のパターンを複雑にしたりする要因となることもあります。

抗原原罪は、免疫システムの巧妙さと同時に、ウイルスの進化に対する脆弱性をも示唆する興味深い現象です。

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