押絵の奇蹟

押絵の奇蹟

『押絵の奇蹟』は、探偵小説作家の夢野久作が著した作品で、昭和4年（1929年）の雑誌『新青年』に掲載された小説です。この物語は、肺病を患う美しい女流ピアニスト・井ノ口トシ子が、自らの出生の秘密を探求し、母親に似た歌舞伎役者に向けて長い手紙を送るという内容です。

物語の舞台は明治30年代の東京。トシ子は演芸館で演奏中に体調を崩し、喀血して倒れてしまいます。命の危機を感じた彼女は、歌舞伎役者・中村半次郎（本名・菱田新太郎）に宛て、自身の身の上を綴った手紙を書くことを決意します。彼女の生い立ちは、九州の福岡市で生まれ、大変な慎重さを持つ父と、美しい母との間に誕生しました。

トシ子の母は手芸の名人で中でも押絵作りに秀でており、彼女の作品は高い評価を受けていました。やがて、トシ子の生まれる前に、母の腕前を名高い博多の大富豪・柴田忠兵衛が耳にし、押絵を注文します。この注文のため母は、当時の名優・半太夫の舞台を観賞し、その後作り出した押絵が非常に評判となります。

トシ子は成長するも、母の手芸の才能は受け継がれず、その代わりに琴の演奏が得意でした。しかし、母の手芸はますます有名になり、父はその収入に依存する状態に。母はひたすら働き続け、その作品のモデルには、娘のトシ子の顔が使われることが多くなります。

12歳になったトシ子は、母が再度行った柴忠からの押絵注文をきっかけに、自身に似た描かれた顔立ちの役者絵を見つけます。この出来事を契機に、彼女の家族に隠された秘密が少しずつ明かされていきます。父は偶然にもその噂を耳にし、不貞を疑い、悲劇的な結末を迎えることになります。父は母と娘に対する疑念から、凶行に及ぶのです。

辛うじて生き残ったトシ子は、柴田忠に助けられ、上京しますが、運命は残酷で、彼女は歌舞伎役者・半次郎の写真を見たとき、自分の母親と顔が似ていることに気づきます。これにより彼女は自身が半次郎と「男女の双生児」であると信じてしまいます。

作品全体はトシ子による手紙形式で描かれ、彼女の独白が物語の中心となっています。この書簡体形式は、夢野の他の作品でも見られる手法であり、作品の雰囲気を一層引き立てています。

『押絵の奇蹟』には、母の想いが反映された子供の容姿に関する不思議な学説が提示され、作品のテーマに深みを加えています。この作品を通じて、夢野は愛と嫉妬、出生の秘密が織り交ぜられた複雑な人間関係を描写し、読者に強い印象を残しています。江戸川乱歩もこの作品に感銘を受けており、その美しさと独特の世界観を讃えました。

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