推定

推定（すいてい、英: presumption）

推定とは、法的な文脈において、既知の情報や既に証明された事実を手がかりとして、まだ完全に明らかになっていない別の事実や権利の存在を仮に認める概念です。これは、不確定な状況に対して一定の判断を下し、法的手続きを進めるために用いられます。

法学上の分類

法学において、「推定」はそれを覆す証拠の提出が認められるかどうかの観点から、主に二つの種類に分けられます。この分類は、教会法、大陸法、英米法など、様々な法体系で見られる共通の考え方です。

反証を許す推定 (Juris tantum)

これは、ある事実が証明された場合に、特定の別の事実や権利の存在が「推定される」ものの、その推定された内容と異なることを示す十分な反証が提出されれば、推定の効力が失われるものです。つまり、あくまで暫定的な真実として扱われます。法的手続きにおいては、この推定が働くことで立証の負担が軽減されることがありますが、確固たる反対証拠があれば容易に覆されます。

反証を許さない推定 (Juris et de jure)

こちらは、法令によって定められた絶対的な推定であり、一度ある事実が証明されて推定が働くと、その推定された内容を否定するための反証を提出することが原則として認められません。これは、政策的な判断や法的な安定性の要請から、推定された事実や権利を確定的なものとして扱う必要がある場合に用いられます。証拠収集（ディスカバリー）の手続きが進展する中でも、この種の推定は強力な効力を持ちます。

講学上の概念としての推定

学問的な観点からは、「推定」は「事実上の推定」と「法律上の推定」という二つの概念に整理されます。

事実上の推定

これは、裁判官が、既に証明された間接的な事実に基づいて、まだ直接には証明されていない主要な事実が存在する可能性が高いと判断し、そのように心の中で確信する作用を指します。これは、裁判官が提出された証拠を自由に評価し、判断を形成できるという自由心証主義の原則から生まれるものです。例えば、民事裁判で、私文書に押された印影が本人または代理人の意思に基づくものであると推測される場合や、刑事裁判で、特定の状況証拠（密室からの血まみれの人物の出現など）から犯罪事実が強く推測される場合などがこれにあたります。

事実上の推定は、あくまで裁判官の経験則に基づいた判断であり、これにより証明責任が推定された事実の否定側に転換されるわけではありません。そのため、これを覆すには、推定された事実と異なることを示す反証を提出すれば十分です。

法律上の推定

これは、法令の条文自体が「事実Aが存在するときは、事実Bが存在するものと推定する」あるいは「事実Aが存在するときは、権利Bがあるものと推定する」という形で定めているものです。前提となる事実（事実A）が証明された場合、法律の規定に基づき、推定される事実（事実B）や権利（権利B）が存在するものとされます。

法律上の推定の重要な特徴は、この推定が働くと、推定された事実や権利の不存在を主張する側にその証明責任が課されるという点です。これは、証明責任を転換させる立法技術として用いられます。

法律上の推定はさらに、事実の存在を推定する「法律上の事実推定」と、権利の存在を推定する「法律上の権利推定」に分けられます。

法令用語としての「推定」

法令の条文中で「推定する」という言葉が使われる場合、多くはこの「法律上の推定」の意味で用いられます。ただし、文脈によっては、一時的に真実として扱う暫定真実や、証拠の価値を法令で定めた法定証拠法則を指す場合もあります。これに対し、「みなす」という言葉は通常、本来は異なるものを法律上同じものとして扱う「擬制」を意味し、推定とは区別されます。

主な法令上の推定規定の例

日本の法令には、様々な推定規定が存在します。

• - 民法第32条の2（同時死亡の推定）
• - 民法第186条（占有の態様等に関する推定）
• - 民法第188条（占有物について行使する権利の適法の推定）
• - 民法第250条（共有持分の割合の推定）
• - 民法第772条（嫡出の推定）
• - 民事訴訟法第228条第4項（私文書の成立の真正の推定）

これらの規定は、特定の事実が証明されることで、法律上、別の事実や権利の存在が推定され、証明責任の所在に影響を与えます。

推定は、法的手続きにおける事実認定や権利関係の判断において、重要な役割を果たす概念です。無罪推定の原則のように、特定の法分野における基本的な考え方として位置づけられる場合もあります。

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