散り行く花

『散り行く花』：忘れかけていた美しさ、そして衝撃

1919年、D・W・グリフィス監督が放ったサイレント映画『散り行く花』（原題: Broken Blossoms）は、今なお人々の心を捉え続ける名作です。主演は、後にグリフィスのミューズとなるリリアン・ギッシュと、中国系アメリカ人俳優のリチャード・バーセルメス。彼らは、時代を超越する普遍的な愛憎劇を体現しています。

本作の原作は、トーマス・バークの短編小説集『ライムハウス夜景集』に収録されている『中国人と子供』。舞台は、ロンドンの貧しい地区ライムハウスです。物語の中心は、15歳の少女ルーシーと、中国から渡り住む青年チェン・ハン。二人は、社会の底辺で、それぞれに苦難を味わう存在です。

ルーシーは、ボクサーである父親から日常的に虐待を受けています。彼女は、笑顔を忘れてしまい、父親に強要されると、機械的に唇の端を持ち上げるだけ。そんな彼女にとって、チェンとの出会いは一筋の光でした。チェンは、仏教を広めるために故郷を離れたものの、現実は厳しく、阿片に頼る日々を送っています。しかし、ルーシーとの出会いをきっかけに、彼は生きる希望を見出していきます。

二人は互いに惹かれ合い、静かで美しい恋を育みます。グリフィスの演出は、彼らの繊細な感情を鮮やかに描き出しています。特に印象的なのは、二人の間のロマンティックなシーンの数々。言葉はなくても、二人の眼差しや仕草から、深い愛情が伝わってきます。無声映画特有の詩情あふれる映像美は、観る者の心を深く揺さぶるでしょう。

しかし、二人の幸せは長くは続きません。チェンとルーシーの関係を知ったルーシーの父親は激怒し、ルーシーを力ずくで連れ戻します。その後の展開は、胸を締め付ける悲劇へと突き進んでいきます。グリフィスの演出は、単なる悲恋物語にとどまらず、当時の社会問題や人種差別といった、重いテーマにも触れています。

『散り行く花』は、単なる恋愛映画ではありません。それは、貧困、暴力、人種差別といった、当時の社会問題を鋭くえぐり出した作品でもあります。特に、中国系アメリカ人であるチェン・ハンへの描写は、当時のハリウッドにおける東アジア人のイメージと、その複雑さを改めて考えさせるものです。チェンは、単純な善人像ではなく、葛藤を抱えながら生きる人間として描かれています。

そして、本作は技術面においても革新的でした。グリフィスは、革新的な撮影技術を駆使し、美しい映像を作り出しています。その技術的、芸術的功績は、映画を「第八芸術」にまで高めたと評されるほどです。また、本作は、映画配給会社ユナイテッド・アーティスツ（UA）の第一回配給作品という歴史的意義も持ちます。

現在では、著作権保護期間が満了し、パブリックドメイン作品となっています。インターネット・アーカイヴなどで、誰でも全編を無料で視聴・ダウンロードすることができます。この機会に、ぜひ、この忘れかけていた名作を、ご自身の目で確かめてみてください。時代を超えて、今もなお人々の心を揺さぶる『散り行く花』の、その美しさ、そして、その衝撃を。現代の視点から見ても、多くの示唆に富む作品といえるでしょう。

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