新しい種類の科学

『新しい種類の科学』(A New Kind of Science) の概要

スティーブン・ウルフラムが2002年に発表した『新しい種類の科学』（A New Kind of Science, NKS）は、計算システムの探求を通じて科学のあり方そのものを問い直す、刺激的な書籍です。本書は、セル・オートマトンをはじめとする「単純なプログラム」の研究から、複雑な現象がどのように生み出されるのかを解き明かそうと試みます。

計算というレンズ

ウルフラムは、計算の性質を実験的に探求することの重要性を強調し、その結果が自然界を理解する上で不可欠であると主張します。従来の科学では、複雑な現象を理解するために複雑なモデルが用いられてきましたが、ウルフラムは、単純なプログラムの中にこそ、複雑性の根源があると考えます。

単純なプログラムとは

本書で言う「単純なプログラム」とは、以下の特徴を持つものを指します。

操作がグラフィカルな例示で理解できる
自然言語で数文で説明できる
数行のコードで実装できる
可能な種類が少なく、すべてを計算できる

セル・オートマトンやチューリングマシンなどがその例として挙げられます。これらの単純なプログラムは、驚くほど多様な振る舞いを見せ、時には汎用コンピュータとしての能力さえ持ち合わせます。交通流、物質の破壊、結晶成長、生物の成長など、現実世界の様々な現象をモデル化できる可能性も秘めています。

計算世界の探求

ウルフラムは、計算システムを組織的に調査し、その動作を記録することで、新しい科学分野を確立しようとします。この分野では、計算世界を理解し、特徴づけるために、実験的な手法が用いられます。そして、この探求から得られた知見は、物理学、化学といった既存の科学分野にも応用できるとウルフラムは主張します。

組織的な抽象科学

ウルフラムは、単純なプログラムの研究が、すべての科学分野に革新をもたらすと主張します。単純なシステムの研究は、抽象化と経験的実験の両方に基づいた、科学の最小単位であると考えます。このアプローチは、実験を直接的、簡潔かつ有意義なものにする一方で、予期せぬ発見の可能性を最大限に高めるように設計されています。

哲学的な土台

ウルフラムは、自身の貢献を単なる計算の重要性の提唱にとどまらず、計算が科学を組織化する原則であることを正当化する、一貫したアイデアの体系を提供することにあると考えています。例えば、計算の非還元性（複雑な計算の中には簡約できないものがある）の概念は、自然の計算モデルを考慮に入れるべき理由となります。同様に、本質的なランダム性の生成についての彼のアイディア（自然のシステムがカオス理論や確率的ゆらぎを使わずに、自身のランダム性を生成することができる）は、計算モデルが明示的なランダム性を含んでいる必要はないことを示唆します。

計算等価性の原則

ウルフラムは、「計算等価性の原則（Principle of Computational Equivalence, PCE）」を提唱します。これは、明らかに単純ではない過程のほとんどすべてが、同程度の精巧さを持つという主張です。この原則から、ランダム性や複雑性が存在する理由を説明しようと試みます。つまり、分析するシステムがしばしば分析者と同程度に複雑であるため、複雑性はシステムについての特別な性質ではなく、単に計算が精巧なシステムすべてに共通するラベルであると考えるのです。

批判と評価

『NKS』は、その斬新な視点から多くの注目を集めましたが、同時に批判も浴びました。厳密な数学的定義や定理の証明がないこと、視覚的な情報に偏っていること、既存の複雑性研究を活用していないことなどが指摘されています。また、提唱された「計算等価性の原則」についても、曖昧で検証可能性に欠けるという批判があります。

しかしながら、『NKS』は、科学に対する新たな視点を提供し、計算というレンズを通して世界を理解する可能性を示唆しました。その影響は、科学、哲学、芸術など、様々な分野に及んでいます。現在でも、NKSサマースクールが開催され、本書のアイデアに基づいた研究が行われています。

まとめ

『新しい種類の科学』は、科学の根底を揺さぶる野心的な書籍であり、読む人に深い思考を促します。計算の可能性を追求し、複雑性の理解に新たな光を当てる本書は、科学に関わるすべての人にとって必読の書と言えるでしょう。

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