日本国憲法第65条

日本国憲法第65条：行政権の帰属

日本国憲法第65条は、憲法第5章「内閣」において、日本の行政権の行使主体が内閣であると明確に規定しています。簡潔な条文ながら、日本の政治体制を理解する上で極めて重要な役割を担っています。本稿では、この条文を中心に、その歴史的背景や現代的な解釈について詳しく解説します。

条文

「第六十五条　行政権は、内閣に属する。」

この条文は、一見すると簡潔で分かりやすいですが、その背後には、日本の近代憲法史における複雑な経緯と、戦後民主主義の理念が反映されています。

歴史的経緯

明治憲法下では、天皇が統治権を総攬し、行政権についても天皇の権限が大きく、内閣は天皇を補佐する役割に留まっていました。

明治憲法（大日本帝国憲法）

明治憲法では、天皇が国家元首として統治権を掌握し、行政権についても天皇が直接または間接的に関与していました。内閣は天皇の諮問機関としての側面が強く、天皇の意思を反映する役割が重視されていました。具体的な条文を以下に示します。

第四条 天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ

第六条 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス

第十条 天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各々其ノ條項ニ依ル

第五十五条 國務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス

凡テ法律勅令其ノ他國務ニ關ル詔勅ハ國務大臣ノ副署ヲ要ス

第五十六条 樞密顧問ハ樞密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ應ヘ重要ノ國務ヲ審議ス

これらの条文からもわかるように、天皇の権限は絶対的なものであり、内閣は天皇の意思に従属する立場にありました。

憲法改正の過程

戦後、日本国憲法の制定においては、GHQ（連合国軍最高司令官総司令部）の影響も大きく、天皇の権力を抑制し、内閣を中心とした議院内閣制を確立することが目指されました。憲法改正草案や要綱においても、行政権の内閣への帰属は繰り返し議論され、最終的に第65条として明確に規定されることとなりました。

憲法改正要綱では、国務大臣の責任を帝国議会（現在の国会）に対しても明確にすること、不信任決議による内閣総辞職の規定を設けることなどが盛り込まれました。

GHQ草案では、「行政権ハ内閣ニ帰属ス」と簡潔に規定されていました。

憲法改正草案要綱・憲法改正草案・帝国憲法改正案など、様々な段階で修正が加えられ、最終的に現在の第65条の条文が決定しました。

現代における解釈

第65条は、行政権が内閣に属することを明確に規定していますが、行政権の範囲や内閣の権限については、憲法上の規定だけでは必ずしも明確ではありません。具体的な権限の行使については、法律や慣例、そして司法判断によって解釈されてきました。内閣府、各省庁、そして地方公共団体など、多様な主体が行政権の行使に関与しています。

結論

日本国憲法第65条は、戦後の日本において、天皇の権力を抑制し、内閣を中心とした責任ある政治体制を確立するために制定されました。簡潔な条文の中に、日本の政治史における重要な転換点と、民主主義への揺るぎない意志が込められています。現代においても、この条文は、行政権の行使主体と責任の所在を明確にする上で、重要な役割を果たしています。ただし、その解釈と運用は、時代や社会情勢の変化に応じて、常に議論と検討が続けられるべきものです。

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