日米繊維交渉

日米繊維交渉：貿易摩擦の原点と政治的背景

日米繊維交渉は、1955年から1972年にかけて行われた日本とアメリカ合衆国間の繊維製品貿易に関する一連の交渉です。これは単なる経済交渉にとどまらず、その後の日米[[貿易摩擦]]の先駆けとなり、政治的な駆け引きの道具としても利用されました。

交渉の経緯

貿易競争の沿革

紡績産業は、その歴史的背景から貿易摩擦の火種を内包していました。かつて綿花生産には奴隷労働が用いられ、イギリスが最大の輸出国でしたが、奴隷制度廃止後、アメリカが台頭します。一方、日本では過酷な労働条件の下で紡績業が発展し、1912年には国内産業の5割を占めるまでに成長しました。

1929年の世界恐慌を契機に、アメリカは自国の綿製品業保護のため、日本などからの輸入品に関税障壁を設けようとします。1937年には、日本の輸出量を制限する「日米綿業協定」が締結されましたが、日中戦争の勃発により新たな摩擦が生じました。

日米綿製品協定

ベトナム戦争の影響でアメリカが繊維製品の関税を引き下げた1955年以降、安価な日本製綿製品の輸入が激増しました。これに対し、アメリカ国内の繊維業界から輸入制限を求める声が高まり、1957年に「日米綿製品協定」が締結され、日本は対米輸出を自主規制することになりました。

ニクソン政権の誕生と繊維規制

1968年、リチャード・ニクソンは大統領選挙で繊維規制を公約に掲げ当選します。1969年、アメリカ政府は日本に対し繊維製品の自主規制を要請しますが、日本側はこれを拒否。アメリカ議会は輸入割当を法制化する構えを見せ、日米間の緊張が高まります。

ワシントン会談と密約問題

1970年6月、ワシントンD.C.で日米閣僚級会談が行われましたが、沖縄返還密約の存在を巡り、交渉は決裂します。その後、日本繊維産業連盟が自主規制案を発表しますが、ニクソン大統領はこれを不満とし、議会での通商法案成立を支持する声明を発表しました。

田中角栄通産大臣の奔走と決着

1971年、田中角栄が通産大臣に就任すると、アメリカとの貿易交渉に尽力します。当初は強硬な姿勢を貫きましたが、アメリカからの圧力に屈し、最終的にはアメリカ側の要求を受け入れる代わりに、国内繊維業界への補償を行うことで合意しました。こうして1971年10月、「日米繊維問題の政府間協定の了解覚書」が仮調印され、日米繊維問題は一応の決着を見ました。

政治的背景

沖縄問題との絡み

日米繊維交渉が難航した背景には、沖縄返還という政治的課題がありました。アメリカ政府は、沖縄返還と引き換えに、日本の繊維規制への同意を求めていたのです。しかし、この戦略は極秘扱いとされたため、交渉は混迷を極めました。

尖閣諸島問題との関連

尖閣諸島の返還問題にも、繊維交渉が絡んでいたことが明らかになっています。台湾政府が尖閣諸島の返還に反発したため、アメリカ政府内には、繊維交渉で日本に譲歩を促す材料として、返還を遅らせるべきだという意見が出たのです。

米繊維業界の経済的被害

アメリカの繊維業界は、安価な日本製品の輸入増加により、国内産業が衰退し雇用が減少していると主張していました。しかし、アメリカ政府の調査報告書では、繊維産業は成長しており、輸入品が低所得者の必需品購入を助けていると結論付けられています。

その後

1978年には、綿業協会間の紛争仲裁機関として、綿業協会間国際協力協議会（CICCA）が設立されました。また、2003年には、ブラジルがアメリカの綿花補助金政策をWTO協定違反として提訴し、アメリカは敗訴しています。

日米繊維交渉は、単なる貿易摩擦にとどまらず、その後の日米関係や国際貿易のあり方に大きな影響を与えました。経済的な側面だけでなく、政治的な思惑や駆け引きが複雑に絡み合ったこの交渉は、現代の国際関係を理解する上で重要な教訓を与えてくれます。

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