旧坂別邸

旧坂別邸：小樽の丘に咲いた、短い命の洋館

北海道小樽市にかつて存在した旧坂別邸は、石狩湾を見下ろす崖の上に建つ、美しい洋風建築の別荘でした。1927年（昭和2年）、炭鉱経営で成功した坂家のために建てられたこの建物は、北海道を代表する建築家、田上義也氏の手によるものです。

木造2階建て、延床面積約200平方メートルの建物は、完成当時はピンク色の壁に赤色の屋根という、目を引く外観が特徴でした。そのため「赤別荘」という愛称でも親しまれていました。設計図面から推測するに、石狩湾の絶景を最大限に取り込めるよう、窓の配置や部屋の構成に工夫が凝らされていたと考えられます。内部は、当時の上流階級の暮らしを垣間見せる、洗練された空間だったのではないでしょうか。

1994年には小樽市指定の歴史的建造物に指定され、その歴史的価値が認められました。しかし、旧坂別邸は、単なる歴史的建造物としてだけではなく、多くの人々の記憶に深く刻まれる存在でもありました。

1995年に公開された岩井俊二監督の映画『Love Letter』で、ヒロインである中山美穂さん演じる藤井樹の自宅として使用されたのです。映画の美しくノスタルジックな雰囲気と、旧坂別邸の持つ独特の風情は見事に調和し、映画の成功に大きく貢献しました。このロケ地としての起用によって、旧坂別邸は一躍有名となり、多くの観光客が訪れるスポットとなりました。

その後も、2004年にはテレビ朝日開局45周年記念スペシャルドラマ『弟』で、石原裕次郎さんの幼少期の住まいとして使用されるなど、映像作品において重要な役割を果たしました。これらの作品を通じて、旧坂別邸は、時代を超えて人々の心を捉える力を持った場所であったと言えるでしょう。

しかし、2007年5月26日、旧坂別邸は、火災によりほぼ全焼するという悲劇に見舞われました。その美しい姿は失われ、歴史的建造物としての指定も解除されました。火災の原因については、様々な憶測が飛び交ったものの、公式には明らかにされることはありませんでした。

現在、旧坂別邸は存在しませんが、その美しい姿や、映画のロケ地として人々の記憶に残る存在であったことは、多くの写真や映像資料、そして人々の記憶の中に生き続けています。小樽の地に建っていた、美しい洋館の短い生涯は、人々に深い感慨を残しました。失われた歴史的建造物への惜しみない思い、そして、その記憶を未来へ繋いでいくことの大切さを改めて考えさせられます。

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