明日泥棒

小松左京による長編SF小説『明日泥棒』（あすどろぼう）は、1965年に講談社から単行本として刊行された作品です。その前年には、雑誌『週刊現代』にて半年間にわたり連載され、多くの読者に親しまれました。

本作は、現実の社会に常識をはるかに超越した力を持つ存在が突如として現れたことから巻き起こる混乱と騒動を描いています。この異質な存在の持つ能力を利用しようと企む様々な人々が登場し、彼らの思惑や行動が、普段は意識されない人間社会の繊細な均衡を揺るがしていきます。小松左京は、こうした展開を通して、現代社会のあり方や人間の本質を、ユーモラスかつ鋭い筆致で風刺しています。ジャンルとしては喜劇調のSF小説に分類されます。

あらすじ

物語は、ごく普通のサラリーマンである戸田雄三の日常から始まります。彼が偶然出会ったのは、「ゴエモン」と名乗る風変わりな人物でした。このゴエモンは、戸田の家に一方的に居候として押しかけてきます。当初は迷惑な存在に過ぎなかったゴエモンでしたが、ある時、戸田と恋人の喧嘩に腹を立てた彼は、驚くべき能力を発揮します。それは、日本を中心とした広範囲の音を完全に消し去ること、そして、世界中に存在するあらゆる爆発物を無力化するという、とてつもない力でした。

ゴエモンのこの能力は、瞬く間に世界のパワーバランスを大きく変動させる可能性を秘めていました。当然、各国の諜報機関などが彼の存在に注目し始めます。中でも、アメリカのCIAはゴエモンを確保しようと画策します。また、日本では右翼活動家として知られる政界の黒幕、田村大三が、ゴエモンの力を用いて世界地図を塗り替え、自身の理想とする新たな世界秩序を実現しようと動き出します。戸田自身も、ゴエモンを巡る激しい争奪戦と、それに伴う世界規模の情勢変動に巻き込まれていくことになります。平凡なサラリーマンの生活が一変し、世界の歴史を変えるかもしれない巨大な事件の中心人物となってしまうのです。

主要登場人物

戸田雄三（とだゆうぞう）
本作の主人公であり、物語の語り手を務めます。電機メーカーに勤務するごく普通のサラリーマンでしたが、ゴエモンとの出会いによって、自身の意志とは無関係に世界を揺るがす大事件の渦中に放り込まれます。

ゴエモン（ゴエモン・百二十六万八千九百十一号）
日の丸を突き刺した山高帽、モーニングの上着に袴と下駄という奇妙な和洋折衷のいでたちをした謎の男です。各地の方言を混ぜた独特な話し方をします。強力な科学技術や超能力を持っていますが、現代社会の常識には疎く、比喩的な表現を文字通りに受け止めて騒動を引き起こすこともしばしばあります。彼は日本の天皇陛下のサインをもらうために来た、と称していますが、その正体と真の目的は物語の終盤で明らかになります。

* 田村大三（たむらだいぞう）
日本の政界において隠然たる力を持つ黒幕的な存在です。右翼思想を持ちながらも、世界平和を願うロマンチストとしての一面も持ち合わせています。ゴエモンの絶大な能力を使い、大国の支配から世界を解放するという、壮大な野望を抱いています。

その他の情報

『明日泥棒』は、発表以来、様々な出版社から文庫版や愛蔵版が再刊されており、長く読み継がれています。また、石ノ森章太郎の漫画『となりのたまげ太くん』には、本作のキャラクターであるゴエモンが登場するなど、他の作品との交流も見られます。さらに、石森プロによってコミカライズされたバージョンも存在します。

小松左京自身による関連作品として、『ゴエモンのニッポン日記』があります。この作品は、『明日泥棒』の翌年である1966年に連載・刊行されました。設定上、『明日泥棒』に登場するゴエモンとは別の個体（番号違い）である宇宙人ゴエモンが、SF作家である「私」（小松左京本人をモデルとしたキャラクター）の家にホームステイするという形で、1966年当時の日本社会をルポルタージュ風に風刺したものです。『ゴエモンのニッポン日記』の中では、『明日泥棒』に登場するゴエモンが前年に来日した別の同族であり、「私」がその滞在をモデルに小説『明日泥棒』を執筆したという、メタフィクション的な設定が語られています。

『明日泥棒』は、そのユニークなアイデア、魅力的なキャラクター、そして社会への鋭い視点によって、小松左京の代表作の一つとして今なお多くの読者に愛されています。その物語は、単なるコメディに留まらず、技術と社会、権力と人間の欲望といった普遍的なテーマを深く掘り下げています。

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