有害化学物質排出目録制度

有害化学物質排出目録制度（TRI制度）

有害化学物質排出目録制度、通称TRI制度（Toxic Release Inventory）は、アメリカ合衆国で実施されている化学物質管理制度の一つであり、PRTR制度（化学物質排出移動量届出制度）の一種です。

この制度は、事業所から排出される特定の有害化学物質の量や事業所外への移動に関する情報を収集し、広く一般に公開することを目的としています。法的な根拠は、1986年に制定された「緊急対処計画及び地域住民の知る権利法（EPCRA）」に規定されています。

制度導入の背景と目的

TRI制度が導入された背景には、1984年にインドのボパールで発生した化学工場事故による甚大な被害と、それに伴う化学物質リスクに対する国民の意識の高まりがあります。この事故を契機に、地域住民が自らの生活環境に関わる化学物質のリスク情報を得る「知る権利」を保障することの重要性が認識されました。

TRI制度の主たる目的は、環境情報の透明性を高めることで、事業者、地域住民、行政の間でのリスクコミュニケーションを促進することにあります。これにより、住民は地域の環境リスクを把握し、事業者の環境対策に関心を持つ機会を得ます。同時に、事業者は自らの環境影響を認識し、排出量削減に向けた自主的な努力を行うインセンティブが生まれます。

仕組み

TRI制度では、特定の有害化学物質を一定量以上取り扱う事業所に対し、その物質の種類、性状、保管状況に加え、大気、水域、土壌などへの排出量や、廃棄物としての事業所外への移動量などを、連邦政府機関であるアメリカ合衆国環境保護庁（EPA）および各州の指定機関に報告する義務を課しています。

EPAは、これらの報告データを集計・分析し、「TRIデータ」としてデータベース化して公開します。これにより、国民はインターネットなどを通じて、特定の事業所や地域からの化学物質排出状況を容易に確認できるようになります。これは、環境情報を「見える化」する効果的な手法と言えます。

効果と実績

TRI制度は、従来の行政による直接的な規制だけでは達成が難しかった有害化学物質排出量の大幅な削減に貢献しました。情報公開というアプローチが、企業の自主的な環境負荷低減努力を強力に後押ししたのです。

その成功を示す代表的な事例として、EPAが1988年から実施した33/50プログラムがあります。これは、TRI対象物質の中から選ばれた17物質について、1988年の排出量を基準として、1992年までに33%、1995年までに50%の排出量削減を企業に呼びかける自主参加型のプログラムでした。

プログラムの結果は目標を大きく上回るものでした。1988年の対象物質の総排出量は約14.96億ポンドでしたが、1992年には約8.98億ポンドへと約40%削減を達成しました。さらに1995年には約6.72億ポンドまで減少し、基準値から約55.1%の削減を達成し、当初の目標を完全にクリアしました。

波及効果

TRI制度による環境情報の公開と排出量削減の取り組みは、環境負荷の低減という直接的な効果にとどまらず、事業所にとっては環境会計上のコスト削減や、地域住民からの信頼獲得（企業の社会的責任）に繋がるという副次的な効果も生み出しました。

また、TRI制度は、事業者が自らの環境影響について説明責任を果たすことの重要性を示す例であり、汚染者負担原則の考え方にも沿ったものです。情報公開に基づくこの仕組みは、その後の他の国々におけるPRTR制度の導入モデルとしても参考にされています。

外部リンク

* TRI Explorer - U.S.Environmental Protection Agency

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