木山賢悟

木山 賢悟（きやま けんご）

1952年11月16日に福岡県で生まれた木山賢悟氏は、日本のオートバイロードレース界において、ライダーとしてだけでなく、ホンダの重要な車両開発を担うエンジニアライダーとしても大きな足跡を残した人物です。特に、革新的なマシンであるホンダNRやNSといったワークスマシンの開発に深く関わりましたが、1983年6月10日、レース中の事故により、わずか30歳でその生涯を閉じました。

経歴と功績

木山氏はキャリアをホンダ社内チーム「鈴鹿レーシング」でスタートさせ、市販用オートバイの開発テストライダーを務めました。新型モデルが発売される際には、その広告ポスターで実際にマシンを駆るモデルとしても登場するなど、ホンダの製品プロモーションにも貢献しています。また、レーサーとしては、全日本ロードレース選手権で、軽量な2ストロークマシンが主流の時代に、ホンダの4ストロークマシンであるCB550で参戦。不利な条件下でも果敢に上位勢に挑む、というホンダらしい挑戦を体現しました。

1978年には、ホンダのレース活動を統括するRSC（Honda Racing Service Center、後のHRC）へ移籍。市販車のCB900に加え、ホンダが世界GP制覇を目指して開発していた画期的なワークスマシン、NR500の開発にも携わるようになります。ホンダのお膝元である鈴鹿で8時間耐久ロードレースが始まると、CBシリーズで参戦し、まだ開発途上でトップグループを追う立場だったホンダのワークス活動を、手堅い走りで下支えしました。この頃、125ccレーサーの開発にも関わるなど、小排気量から大排気量、2ストロークから4ストロークまで、幅広い車両の開発テストライダーとしての才能を発揮しています。

1979年には、全日本選手権と併催された国際A級スーパーバイククラスで優勝。さらに、同年の鈴鹿8時間耐久レースでは、同じくホンダの開発ライダーだった阿部孝夫氏とコンビを組み、レース序盤からトップを快走し、4時間を過ぎるまで首位を維持するという活躍を見せました。この善戦により、翌1980年大会では「日本人コンビの優勝候補筆頭」と目されるまでになります。この時期のインタビューでは、「確実に、安定感ある走り」を追求し、鈴鹿8耐での優勝にかける強い意欲を語っています。

1980年は鈴鹿8耐を中心とした限られたレースへの参戦でしたが、全日本最終戦である日本GPのスーパーバイクレースでは、RS1000を駆り、当時のコースレコードを大きく上回る驚異的なタイム（2分16秒24）を記録して優勝。その速さで再び存在感を示しました。

1981年からは、長円ピストンを持つ独創的な4ストロークエンジンを搭載したNR500を、全日本500ccクラスで実戦デビューさせるという重要な役割を託されます。開幕前の取材に対し、NRでの参戦に強い情熱を燃やし、このチャンスを生かして世界の舞台、特に世界グランプリへの進出を強く望んでいることを語っています。NRでの参戦が始まったこの年、6月の全日本第5戦鈴鹿200kmレースでは、NRにとって最初で最後となるポールポジションを獲得し、さらに決勝レースでも勝利を収めました。これはNR500が公式レースで挙げた唯一の勝利として特筆されます。また、この頃ホンダ社内で開発が始まった、世界GPでの勝利を目指す2ストロークマシンNS500の開発にも、阿部氏と共に深く貢献しています。後にNSで世界GPを戦った片山敬済氏は、「NSは木山選手が魂を込めて作ったマシン」とその開発における木山氏の貢献を称賛しています。

自身最後の鈴鹿8耐参戦となった1982年大会では、前年優勝者であるアメリカ人ライダー、マイク・ボールドウィンとの強力なコンビで予選2位を獲得しますが、台風による悪天候となった決勝では、スタートを担当したボールドウィンが早々に転倒。マシン修復が叶わず、木山氏は一度も決勝を走ることなくレースを終えるという不運に見舞われました。

1983年、RSCはHRC（Honda Racing Corporation）へと組織変更されます。この年も全日本選手権500ccクラスに、NSの先行パーツを装着した市販レーサーRS500Rで参戦していましたが、第6戦鈴鹿200km大会のフリープラクティス中、ヘアピンからスプーンコーナーへ向かう高速コーナーで不慮の転倒事故に見舞われ、コースバリアに激突。病院へ搬送されましたが、意識が戻ることなく、30歳という若さで帰らぬ人となりました。

木山氏の突然の死は、日本のロードレース界、そしてホンダにとって大きな衝撃を与えました。HRCは弔意を示し、この事故が発生した鈴鹿200kmレースの予選・決勝への全クラス参戦を取りやめました。開発ライダーとして、またレーサーとしてホンダの挑戦を支え続けた木山賢悟氏の功績は、今も多くの人々の記憶に刻まれています。

もう一度検索