東北学

東北学（とうほくがく）は、著名な民俗学者である赤坂憲雄氏によって提唱された、東北地方を対象とする学際的な総合研究の方法論、およびその研究活動そのものを指す独特な呼称です。

この研究は、東北という地域を単一の学問分野や既存の視点からのみ捉えるのではなく、文化人類学、民俗学、歴史学、地理学、そして経済といった多様な側面から横断的に光を当て、これらの要素がどのように相互に関連し合っているのかを明らかにすることで、この地域の多層的で複雑な現実の本質的な理解を深めることを目指しています。

赤坂氏が東北学を提唱するに至った背景には、近代化の過程でしばしば中央から「辺境」として位置づけられ、見過ごされてきた東北が持つ、独自の価値や豊かな潜在力を再発見し、それを現代社会の中で改めて問い直そうとする強い問題意識がありました。その思想的な基盤や、東北という地域と深く向き合うための「方法」論としての東北学の重要性は、氏の主著ともいえる『方法としての東北』（2007年、柏書房）や、『東北ルネサンス―日本を開くための七つの対話』（2007年、小学館文庫）といった著作群の中に詳細に記されています。これらの書籍からは、単なる地域研究に留まらない、現代社会のあり方や日本全体の構造をも問い直す視座としての東北学の可能性が示唆されています。

東北学の研究活動を組織的に推進する上で中心的な役割を担っているのが、山形県にキャンパスを置く東北芸術工科大学に設置された東北文化研究センターです。このセンターは、東北学の研究拠点として設立され、提唱者である赤坂憲雄氏自身が設立当初からセンター長を務め、研究の方向性を定め、組織的な発展に深く関与してきました。

特筆すべき経緯として、赤坂氏は東北学を提唱し、その研究活動を組織化する以前は、特定の大学や公的な研究機関に所属せず、独自の視点から精力的な研究活動を展開する、いわゆる在野の研究者として広く知られていました。しかし、東北文化研究センターの設立と東北学の本格的な研究始動を機に、東北芸術工科大学に正式に迎え入れられ、研究活動の安定的な基盤を大学内に築くこととなります。これは、東北学という新たな研究領域が、個人の問題意識から出発し、学術的な確立を目指す過程における重要な転換点であり、研究活動の持続的な発展に繋がりました。

東北学の研究成果や、その活動の動向は、複数の定期刊行物を通じて広く社会に発信されています。1999年には、東北文化研究センターが編集を担当し、作品社より『別冊 東北学』の刊行が開始されました。この別冊は、特定のテーマに焦点を当て、深い考察を展開する論文集や論集といった性格を持っています。さらに、2004年からは、同じく東北文化研究センターの編集のもと、柏書房より『季刊 東北学』が創刊されました。『季刊 東北学』は、東北学の最新の研究動向、多様な視点からの論考、地域に関するレポートなどを掲載し、より幅広い読者層に向けて東北学の現在を伝える媒体として、多くの研究者や地域に関心を持つ人々に親しまれています。

東北学は、従来の学問分野の枠に収まらない学際的なアプローチを通じて、東北という地域の多層的な現実を理解するための有効な視点を提供しています。文化、歴史、地理、経済など、多様な分野の研究者が連携し、地域住民や文化活動に携わる人々とも交流しながら研究を進めるそのスタイルは、地域研究の新たな可能性を示すものです。東北学の活動は、単に学術的な知見を深めるだけでなく、東北という地域が持つ独自の価値を再認識し、その未来を考える上でも重要な示唆を与えています。それは、日本全体のあり方、あるいは現代社会が抱える様々な課題を考える上でも、示唆に富む視座を提供する研究と言えるでしょう。東北文化研究センターの活動は、今後も東北学の発展を牽引していく重要な拠点として期待されています。

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