松風 (源氏物語)

『源氏物語』第十八帖「松風」の解説

「松風」は、『源氏物語』五十四帖のうちの第十八帖にあたる巻名です。巻名は、作中で明石の尼君が詠んだ和歌「身を変へて一人帰れる山里に聞きしに似たる松風ぞ吹く」に由来しています。この和歌は、故郷を離れて都で暮らす尼君の寂寥感を、山里の松風になぞらえて表現したものであり、巻全体を彩る切ない雰囲気を象徴的に表しています。

あらすじ

物語は、光源氏が31歳になった秋の頃を描いています。壮麗な二条東院が完成し、源氏は西の対に花散里を移しました。そして東の対には、かねてより思いを寄せていた明石の御方を迎えようとしていました。しかし、明石入道から届いた手紙によって、計画は変更を余儀なくされます。手紙には、明石の御方が住みなれた故郷を離れ、都へ上洛することに不安を抱いていることが記されていました。

そこで、源氏は、大堰川近くの山荘を修理して、明石の御方をそこに住まわせることにします。この山荘は、明石の御方の母方の祖父である中務宮の別荘であり、源氏が建てた嵯峨野の御堂にも近いという地理的な利便性も考慮された選択でした。明石の御方は、父である明石入道を一人明石に残し、娘と尼君と共に上京します。しかし、源氏はなかなか大堰の山荘を訪れることができず、明石の御方は琴を爪弾きながら、物思いに耽る日々を送っていました。

紫の上への配慮もあり、なかなか訪れることができなかった源氏でしたが、嵯峨野の御堂の様子を見に行くという口実で大堰の山荘を訪れます。3年ぶりに再会した明石の御方と喜びを分かち合い、初めて対面する娘の愛らしさに心を奪われます。源氏は、この娘を将来の皇后候補と考えており、その出自の低さを補うためにも、一日も早く都へ迎えたいと考えていました。

姫君の養育について、源氏は紫の上に相談を持ちかけます。子供好きで知られる紫の上は快く承諾しますが、娘と引き離される明石の御方の心情を察し、源氏は複雑な思いを抱くのでした。姫君の将来と、明石の御方の心情、そして紫の上への配慮。それぞれの思惑が交錯する中で、物語は静かに、しかし確実に進んでいきます。明石の御方の和歌に象徴されるように、この巻は、離別と再会、そして深い愛情と切ない別れが繊細に描かれた、感慨深いエピソードとなっています。

考察

この「松風」の巻は、光源氏の多面的な性格と、彼を取り巻く女性たちの複雑な感情が繊細に描かれています。源氏の優しさや繊細さ、一方で抱える葛藤が、明石の御方や紫の上との関係性を通して浮き彫りにされています。また、明石の御方が詠んだ和歌は、物語全体を象徴するだけでなく、彼女自身の心情を深く理解するための重要な手がかりとなっています。この巻を読み解くことで、『源氏物語』における恋愛や家族、そして社会的な立場といった様々なテーマについて、より深く理解することができるでしょう。

関連情報

渋谷栄一による定家本の本文・現代語訳
『源氏物語　18 松風』：新字新仮名 - 青空文庫（与謝野晶子訳）

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