板宮清治

板宮清治（いたみや せいじ）は、1935年（昭和10年）2月22日に岩手県胆沢郡金ケ崎町で生を受け、2024年（令和6年）4月15日に89歳で生涯を閉じた歌人であり、また実家の農業を継いだ専業農家でもあった。

歌の世界への扉を開いたのは、岩手県立水沢農業高等学校を卒業した翌年の1954年、歌人・佐藤佐太郎の歌集『帰潮』に深い感銘を受けたことだった。同年中に歩道短歌会へ入会し、本格的に短歌の創作活動を開始。早くも翌年には「短歌研究」の第二回五十首詠（現在の短歌研究新人賞）に入選を果たし、その才能を認められる。1957年には森山耕平らが中心となった歌誌「岩手短歌」にも参加し、地元の歌壇でも活動を展開した。1959年には佐藤佐太郎夫妻と八幡平を旅し、この時の経験をもとに詠んだ「榛の木について」が第5回角川短歌賞の最終候補に選ばれるなど、着実に歌人としての地位を確立していく。

板宮氏の歌業において特筆すべきは、専業農家としての視点から捉えた農村の生活や自然の描写である。1964年に刊行された第一歌集『麥の花』には、昭和30年代の農村風景や日々の営み、そして青春期のみずみずしい感性が織り込まれた作品が収められている。その後、1973年の第二歌集『風塵』、1982年の第三歌集『待春』、1985年の第四歌集『春暁』、1989年の第五歌集『木枯らしののち』、そして2005年の第六歌集『杖』と、生涯にわたり計6冊の歌集を発表。これらの作品群は、一貫して東北の厳しい風土とそこに息づく生命、そして人々の暮らしに対する鋭敏な感性と、清らかで飾らない詠風によって貫かれている。『待春』は1983年に岩手県芸術選奨を受賞。また、1984年には雑誌「短歌」に発表した21首「桃の実」で短歌研究賞を受賞するなど、中央歌壇でも高い評価を得た。

1989年に脳内出血を患い、一時言葉を失うという困難に見舞われたが、病を克服し創作を続けた。その闘病と回復の経験を経て紡がれた第六歌集『杖』は、2006年に第三十三回日本歌人クラブ賞を受賞。これは岩手県出身者としては初めての受賞であり、郷土に大きな栄誉をもたらした。

板宮氏は歌人としての活動に加え、郷土への貢献も惜しまなかった。1990年には町勢功労者に選ばれている。また、地元である金ケ崎町の町立図書館には、板宮氏が寄贈した現代歌人の歌集を中心とした書籍を収めた「板宮文庫」が特設されており、氏の功績と歌壇への貢献を今に伝えている。

2024年4月15日早朝、老衰のため奥州市内の病院で静かに息を引き取った。享年89。その死を悼み、板宮文庫のある金ケ崎町立図書館では「ありがとう 板宮清治さん」と題した追悼展が開催され、多くの人々に偲ばれた。

農家として土に親しみ、その日々の暮らしと東北の自然を詠み続けた板宮清治。その作品は、地に足のついた生活の実感と、歌人ならではの繊細な感性が融合した、類稀なる輝きを放っている。

代表的な歌として以下のような作品がある。

野菜市場に冬日さしつつ乾きたる人参或ひは吾のてのひら（『麥の花』）

> 空高くなりししづけさ昼過ぎて芝生のうへの晩夏のひかり（『風塵』）

> かへりゆく今年の雁のつひの声病みおとろふる母も聞くべし（『待春』）

> 雉鳴きて時間のゆらぐ春山は木々の梢の空にかがやく（『春暁』）

> 息づまるまで寒ければ雪明りのなか目前の冬木々ひびく（『木枯らしののち』）

> ただ歩くことのみにたる一時間田の水にほふ日にかがやきて（『杖』）

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