柵口雪崩災害

柵口雪崩災害とは

1986年（昭和61年）1月26日の夜遅く、新潟県西頸城郡能生町（現在の糸魚川市）柵口地区において、未曽有の雪崩災害が発生しました。この災害では、権現岳（標高1,104m）から発生した大規模な泡雪崩が集落を直撃し、13名が死亡、多数の負傷者と建物の損壊を招きました。この悲劇は、その後の日本全国における雪崩対策を大幅に推進する大きな契機ともなっています。

発生状況と甚大な被害

雪崩は、権現岳山頂から約850m下方の急斜面（傾斜約45度）を発生源とする面発生乾雪表層雪崩でした。雪煙を伴うこのタイプの雪崩は、地元では古くから「ホウ」や「アイ」などと呼ばれ恐れられており、「泡雪崩」とも称されます。発生した雪崩は猛烈な勢いで斜面を滑り落ち、夏場に沢となる窪地を大量の積雪と過去の雪崩デブリが埋め尽くしていたため、その上を乗り越えて流下しました。ふもと付近の斜面は比較的緩やか（約10度）でしたが、勢いは衰えず、1km以上もの距離を滑走して柵口地区の一部（11世帯36人）を直撃したのです。

この雪崩により、13名が犠牲となり、9名が負傷。19棟の建物が損壊し、うち16棟が全壊しました。雪崩の破壊力は凄まじく、多くの立ち木が折れ曲がり、家屋が300m近くも吹き飛ばされました。屋根のトタン板が突風被害のように樹木に絡みついているのが発見されるなど、その規模と勢いを物語っています。

雪崩発生の気象条件

災害発生に至るまでには、特異な気象・積雪条件がありました。1月中旬には一時的に気温が上昇し、山頂部で雨が降ることで、雪面が解けて再び凍る「ざらめ雪」の硬い層が形成されました。その後1週間にわたる大雪により、この硬い層の上に大量の柔らかい新雪が降り積もり、非常に不安定な積雪構造となりました。災害発生当日は、低温・弱風下での降雪が続き、新雪の雪粒子間の結合が緩い状態でした。そこに、周辺で計測されたデータから推定される秒速約7mの地吹雪が発生し、これが不安定な雪層を崩す引き金となったと考えられています。

この雪崩は、最大速度が時速180kmにも達し、約1,800mを走行したと推測されています。デブリ量も10万から30万m³に及ぶ大規模なものでした。

集落直撃という特殊な流路

柵口集落を直撃した背景には、この地域特有の地形要因がありました。雪崩が発生した場所の少し下では、1947年（昭和22年）5月19日に大規模な地すべりが発生していました。この地すべりによって、その最上部には「滑落崖」と呼ばれる急な段差が形成され、さらに地すべり跡地には地溝が生じていました。通常、権現岳山頂付近で発生する雪崩は、東へ直進した後、地形に沿って南へカーブし、民家のないヒソノ又川沿いに流下していたと考えられています。しかし、この時の雪崩は、地すべりによって形成された滑落崖に捕捉され、さらに地すべり跡の地溝に沿う形で北へ大きく湾曲し、これまでの流路とは異なり、まさかの集落方向へ誘導されてしまったのです。

災害を教訓とした防災対策

柵口雪崩災害を受けて、新潟県は「雪崩発生危険箇所」の総点検と見直しを行い、能生町は「雪崩監視員」を配置するなど、警戒体制を強化しました。さらに、国の建設省（現・国土交通省）および林野庁による大規模な雪崩対策事業が推進されました。具体的には、発生した雪崩を被害の及ばない方向へ誘導するための「雪崩導流堤」（世界でも施工例の少ない大規模なもの）、雪崩の勢いを弱めるための土塁や大型柵、そして集落の手前で雪崩の運動エネルギーを減衰させて停止させる透過型防護柵などが整備されました。周辺山地の森林整備も進められ、地盤の安定化が図られています。

現在、この地域は常時動態観測システムの試験地となっており、様々な標高に設置されたCCTVカメラや振動計、気象観測機器からのデータを統合的に分析し、雪崩発生の予測に役立てています。これらの対策が功を奏し、対策工設置後も山頂部では小規模な雪崩が発生していますが、集落への大きな被害には至っていません。雪のない季節には、大学や研究機関が立ち木の破損状況などを調査し、雪崩の痕跡やメカニズムに関する研究も継続されています。

災害の記憶と後世への伝承

柵口雪崩災害は、日本の雪崩防災の歴史において重要な転換点となりました。災害から約9ヶ月後の1986年11月には、犠牲となった方々を慰霊し、救出活動に尽力した人々への感謝を示す「柵口なだれ災害受難者慰霊碑」が建立されました。また、この災害の経験と教訓を後世に伝えるため、雪崩に特化した「雪崩資料館」も建てられています（現在は予約制で開館）。この地域では、過去の悲劇を忘れず、災害への備えを常に意識する取り組みが続けられています。

年表（主要事項）

1947年5月19日：柵口地すべり発生。
1986年1月26日夜：柵口雪崩災害発生。犠牲者13名。近隣観測所積雪量370cm。
1月27日：柵口地区に避難勧告発令。
1月30日：避難勧告解除。避難期間中の最大積雪量465cm。
2月6日：2回目の避難勧告発令。
2月17日：避難勧告解除。避難期間中の最大積雪量600cm。この期間中に2度目の雪崩発生（被害なし）。
* 1986年11月：受難者慰霊碑建立。

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