梅雨と西洋風呂

梅雨と西洋風呂

松本清張が1970年から1971年にかけて連載した長編推理小説『梅雨と西洋風呂』は、政治と個人の欲望が交錯するサスペンスフルな物語です。物語の背景には、酒醸造業を営む鐘崎義介が、新聞発行を通じて市政に影響を与えようとする様子があります。彼は市政新聞「民知新聞」を創刊し、その記事の中で市政を批判することで人気を集め、市会議員として当選を果たします。

義介は、保守的な憲友党内の反主流派として活動を続ける一方、食い詰めた人間である土井源造を民知新聞社に採用します。時間が経つにつれ、源造は議論に慣れ、編集長の役割を担うようになります。義介は、彼の助けを借りて市会議員に再選しようとしますが、次回の市長選挙についての不穏な噂が耳に入ります。現市長が出馬しない可能性があるとの情報から、義介は新市長候補と目される宮山晋治郎の動向を探るため、雲取市へ出張することにしました。

雲取市では波津温泉の旅館に宿を取り、そこで出会った女中から「トンネル・バー」という隠れた場所に導かれ、そこで生まれて初めての恋愛の輝きに触れます。彼が出会った若い女性、カツ子との間には思わぬ情熱的な関係が芽生え、義介は次第に彼女に心を奪われていきます。彼の出張は頻繁になり、かつて市政や新聞業務に注力していた彼の姿は徐々に影を潜めていきました。

一方で、土井源造は、義介の変化に全く気づくことができない鈍感さを持っており、そのため義介は次第に新聞の運営を源造に依存するようになっていきます。これにより、周囲では義介にとって不都合な事態が静かに進行していました。彼が自らの欲望に没頭する中、民知新聞の方向性は徐々に変わり始め、義介の存在意義も変わりゆくのです。

登場人物たちも魅力的です。義介を取り巻くキャラクターには、彼の妻である泰子や、市会の権力者である宮山、または源造の煩わしい恋愛相手となるカツ子がいます。それぞれが持つ背景や個性が、ストーリーを一層深く、立体的にしています。

本作には、作中で言及される「浴槽の花嫁」という実際の西洋犯罪実話に基づくエピソードも含まれており、松本清張の推理小説ならではの緻密さが光ります。この作品は、推理小説研究家からも高く評価されており、法医学の知見が取り入れられたアリバイ・トリックに関心が寄せられています。

『梅雨と西洋風呂』は、松本清張の魅力が凝縮された一冊であり、政治的背景と人間の欲望の交錯を描いた深い物語です。彼の作品に見られる巧妙なプロット展開やキャラクターの心理描写は、読者を惹きつけ、次々に新たな展開へと導いていきます。

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