横笛 (源氏物語)

横笛 - 忘れえぬ面影と、託された想いの調べ

『源氏物語』五十四帖のなかでも特に深い余韻を残す「横笛」。この巻は、光源氏の晩年、49歳の頃の出来事を描いています。物語の中心となるのは、柏木の遺品である横笛。その横笛は人から人へと渡り、光源氏へと届けられるまでの過程が丁寧に綴られています。

物語は、柏木の一周忌から始まります。光源氏は、薫を代理として柏木への丁寧な供養を執り行います。この行為の裏事情を知らない柏木の父、致仕太政大臣は深く感謝すると共に、再び深い悲しみに暮れるのでした。

この頃、朱雀院では、女三宮の出家や落葉の宮の夫の死など、相次ぐ不幸が嘆かれていました。そんな中、女三宮のもとに筍が贈られてきます。その筍を、生えかけの歯でかじる薫の姿を前に、光源氏は自らの半生を振り返り、幼いながらも高貴な薫の容姿に見入るのでした。

秋の夕暮れ、夕霧は柏木の未亡人である落葉の宮を見舞います。そして帰途、落葉の宮の母である一条御息所から、柏木の遺品である横笛を贈られるのです。その夜、夕霧は夢の中で柏木に会い、笛を光源氏に伝えたいという柏木の切なる想いを聞きます。

後日、夕霧は光源氏を訪ねます。明石の女御の子らと無邪気にはしゃぐ薫の姿に、夕霧は柏木の面影を見出します。そして、夢で見た柏木の遺言と、横笛を光源氏に伝えるのでした。しかし、光源氏は夕霧の話から少し目をそらし、横笛を預かるのみで、その真意を明かすことはありませんでした。

この横笛は、単なる遺品というだけでなく、柏木と光源氏、そして薫を繋ぐ重要な象徴として機能しています。それは、過ぎ去った恋の記憶、そして未来への希望、そしてそれらを繋ぐ哀愁を帯びた、忘れえぬ面影の象徴と言えるでしょう。横笛の音色には、光源氏の複雑な心境、過去の愛、現在の薫への父性的な愛情、そして失われた愛への未練などが複雑に絡み合っています。

光源氏は、横笛を受け取ることで、過去の恋の記憶を呼び覚まされます。同時に、薫という新たな存在への責任を改めて意識することとなるのです。横笛は、光源氏の人生における重要な転換期を示唆するアイテムであり、物語全体のテーマを象徴的に表現していると言えるでしょう。

「横笛」は、静謐な秋の情景と、登場人物たちの繊細な感情が巧みに描かれた、心に残る名作です。静かに響き渡る横笛の音色は、読者に深い感動と余韻を与え、物語の余白に想像力を掻き立てます。様々な解釈が可能な奥深い作品であり、何度も読み返して理解を深めることができるでしょう。

この物語は、渋谷栄一による定家本本文・現代語訳、あるいは青空文庫で与謝野晶子訳など、複数の文献から詳細に検討できます。それぞれの解釈や翻訳を通して、より深く「横笛」の世界観を理解することができるでしょう。

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