殉愛 (百田尚樹)

百田尚樹著『殉愛』を巡る騒動：虚実と名誉毀損の狭間

『殉愛』は、2014年に幻冬舎から出版された百田尚樹氏によるノンフィクション作品です。人気タレントであったやしきたかじん氏の晩年を、未亡人・家鋪さくら氏の証言や看護記録を基に描いた「純愛物語」として話題を集めました。しかし、出版後、その内容を巡って様々な議論や訴訟が巻き起こり、大きな波紋を呼ぶことになりました。

出版の経緯

百田氏が、やしきたかじん氏の追悼イベントに出席した際、未亡人である家鋪さくら氏と出会ったことがきっかけでした。その後、家鋪氏から、たかじん氏が生前百田氏のファンであり、「自分の本を出すなら百田氏に助けてもらいたい」と語っていたというメモを見せられたそうです。そのメモや看護記録などを読んだ百田氏は、家鋪氏との綿密な取材を重ね、書籍化を決意したとされています。

内容を巡る議論と訴訟

未亡人の不倫・重婚疑惑

本書の内容を巡っては、家鋪さくら氏の過去に関する疑惑が浮上しました。たかじん氏との交際期間中に、別のイタリア人男性と結婚していたのではないか、あるいは重婚状態にあったのではないかという疑惑です。しかし、本書ではこれらの疑惑は伏せられ、イタリア人男性は「恋人未満」の存在として扱われています。百田氏は後に、家鋪氏に離婚歴があることを認めましたが、そのことについて書くかどうか迷ったと発言しています。

長女に関する描写と販売差し止め訴訟

本書では、たかじん氏の長女が「横柄な態度で若妻に暴言を浴びせる中年女性」として描かれ、金銭を無心したり、暴言メールを送ったりしたといったエピソードが掲載されています。これに対し、長女はこれらの記述が虚偽であるとして、幻冬舎を相手取り、出版差し止めと損害賠償を求める訴訟を起こしました。

長女側は、本書の内容が事実に反しており、名誉毀損にあたると主張。一方、百田氏側は、長女とたかじん氏の間に確執があったことを立証しようとしましたが、具体的な証拠を提出することができませんでした。

裁判の結果、東京地方裁判所は、出版差し止めは認めなかったものの、本書の複数の箇所が事実に反し、プライバシー侵害および名誉毀損にあたると認定。幻冬舎に対し、損害賠償の支払いを命じました。この判決は、東京高等裁判所、最高裁判所でも支持され、確定しました。

元マネージャーに関する描写

たかじん氏の元マネージャーも、本書における自身の描写が名誉毀損にあたるとして、百田氏と幻冬舎を訴えました。裁判所は、本書が元マネージャーを金に汚い人物として描いていると指摘し、裏付けが不十分であるとして、名誉毀損を認め、損害賠償の支払いを命じました。

関係者の評価と売上

たかじん氏の楽曲を多く手がけた作詞家の及川眠子氏は、本書について「なぜ裏も取らずに、一人の人間を犯罪者だと決めつけるのか」と批判しています。Amazonのレビューでも評価は二分され、「あまりの美談ぶり」を疑問視するコメントも寄せられました。

一方、書籍は発売当初、テレビ番組で紹介されたこともあり、初週で6.5万部を売り上げるヒットとなりました。

まとめ

『殉愛』は、出版当初は感動的な純愛物語として受け入れられましたが、その内容を巡る議論や訴訟を通じて、虚実や名誉毀損といった問題が浮き彫りになりました。裁判の結果、本書には事実と異なる記述や名誉毀損にあたる箇所が複数存在することが認められ、著者の姿勢やノンフィクション作品のあり方について、改めて考えさせられる出来事となりました。

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